岡山大学は9月26日、東アジア人特有の「ALDH2遺伝子多型依存性アルコール不耐症」の肝細胞モデルなどを用いて、玉ねぎなどに多く含まれるポリフェノールの一種の「ケルセチン」が有する、「アセトアルデヒド」の毒性に対する保護作用とその分子機構を解明し、さらにケルセチンはアセトアルデヒド代謝酵素と共に、抗酸化物質合成酵素の発現増強作用を介して、細胞をアセトアルデヒド毒性から保護することを明らかにしたと発表した。

同成果は、岡山大 学術研究院 環境生命自然科学学域(農)の中村宜督教授、同・中村俊之准教授、同・学術研究院 ヘルスシステム統合科学学域の佐藤あやの准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は2本の論文にまとめられ、日本農芸化学会が刊行するバイオサイエンス/テクノロジーや生化学などに関する全般を扱う欧文学術誌「Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry」と、分子科学に関する全般を扱う学術誌「International Journal of Molecular Science」に掲載された。

酒類に含まれるエタノールの代謝物であるアセトアルデヒドは毒性が強く、さまざまなアルコール性疾患に関わるとされる。その代謝において主な働きをするのが、「アルデヒド脱水素酵素」(ALDH)の一種で、肝臓に高発現する「ALDH2」。しかし、日本を含む東アジア諸国のおよそ半数の人は、ALDH2遺伝子に変異があって酵素活性が低下しているため、お酒に弱い上に、アルコール性肝疾患や肝臓がんリスクも高くなる危険性も指摘されている。そのため、普段から特定の食品成分を摂取することで肝臓のALDH活性を高めることが、アルコールの毒性から守るために役立つ可能性があるとする。

ケルセチンは、果物や野菜に最も多く含まれるポリフェノールの1種であり、近年、その複数の健康維持作用が注目されている。これまでの動物実験では、同化合物がアルコール性肝障害を顕著に抑制することが報告されていたが、アセトアルデヒド毒性に対する影響については不明なままだったとする。そこで研究チームは今回、東アジア人特有のALDH2遺伝子多型依存性アルコール不耐症の肝細胞モデルを構築し、ケルセチンのアセトアルデヒド誘導細胞毒性に対する影響を評価することにしたという。

ケルセチンの細胞保護作用を、ゲノム編集により作製したALDH分子種欠損の培養肝細胞モデルの「aldh2-kd細胞」(以下、細胞1)と「aldh1a1-kd細胞」(以下、細胞2)を用いた評価が行われた。細胞1においてアセトアルデヒド毒性が野生株よりも顕著だったことから、ALDH2がアセトアルデヒドの肝臓での代謝に中心的役割を果たすことが確認された。

次に、ケルセチンのアセトアルデヒド細胞毒性への影響が評価されると、どの細胞株においてもケルセチンは毒性を有意に抑制したが、細胞2ではその抑制効果が減弱することが見出された。一方、ケルセチンは野生株や細胞1の総ALDH活性を増強したが、細胞2ではまったく変化がなかったという。これらの結果から、ALDH1A1という分子種がALDH2の機能が低下した肝細胞において、ケルセチンの細胞保護作用に重要な役割を果たしていることが示唆されたとした。

続いて、ケルセチンはアセトアルデヒドが誘導する酸化ストレスを抑制するだけでなく、抗酸化物質合成酵素である「ヘムオキシゲナーゼ-1」(HO-1)の発現レベルを上昇させることも見出された。さらに、HO-1酵素活性阻害剤がケルセチンの酸化ストレス抑制作用と共に細胞保護作用を著しく低下させたことから、ケルセチンの保護作用には、総ALDH活性だけでなく、抗酸化物質合成酵素HO-1の酵素活性が重要な役割を果たしていることが示唆されたとした。

今回の研究成果の解釈には、どちらも培養細胞モデルを用いた実験であるため、実際のヒトの生体内での効果として直接反映できないという欠点があるとする。したがって、動物実験モデルや介入試験でのケルセチンの有効性評価が、今後の課題だという。しかし今回の成果は、ケルセチンが東アジア人特有のALDH2遺伝子多型による二日酔いの症状の軽減や、アルコール性肝疾患のリスク低減などに貢献することを期待させる実験結果といえるとした。

今回の研究により明らかとなった、ケルセチンの肝細胞保護効果は、近年注目されているポリフェノールの健康増進作用に関して、新たな科学的根拠を提供するもの。そのため、食品成分の持つ機能性や安全性の科学的理解に大きく貢献することが期待されるとする。また、今回明らかにされたアセトアルデヒド毒性に対する細胞保護作用に基づいた、新規機能性食品やサプリメントの開発に貢献することが期待されるとしている。