日立製作所は9月4日と5日の2日間、東京国際フォーラム(東京都千代田区)でプライベートイベント「Hitachi Social Innovation Forum 2024 JAPAN」を開催した。同イベントでは、日立製作所の創業の地でもある茨城県日立市の魅力を伝える対話型AIのデモを披露した。

  • 対話型AIのデモ環境。左の酒升の上の黒のマイクに質問すると、音声とともに奥のディアスプレイに回答を表示する

    対話型AIのデモ環境

日立市の特徴や魅力をテキストと音声で回答

日立市と日立製作所は、デジタルを活用した“次世代未来都市(スマートシティ)の実現にむけた共創プロジェクト”に関する包括連携協定を昨年の12月に締結した。

この協定では、グリーン産業都市、デジタル医療・介護、公共交通のスマート化の3つを軸として、日立市の活性化と住民の安心・安全な暮らしを実現していくために共創プロジェクトを推進する。対話型AIの開発はその一環であり、電通デジタルとの共創によって行われている。

この対話型AIは、日立市の特徴や魅力などを音声で問い合わせると、テキストと音声で回答する。また、内容に合わせて背景の画像が変わるという仕掛けも入れ込んでいる。そして、最大の特徴は、LDHの橘ケンチ氏の話し方や説明の仕方などをAIに学習させ、その特徴を生かした答え方を行う点だ。

橘ケンチ氏はLDH JAPANのSocial Innovation Officerに就任し、社会貢献および地方創生を推進している。また、日本酒に関する造詣も深く、YouTubeチャンネル内で『橘ケンチのSAKE JAPAN』という番組をもっているほか、『橘ケンチの日本酒最強バイブル』(宝島社)という単行本を出版している。

そこで今年の7月、橘ケンチ氏に日立市の3つの酒蔵や和食店を訪ねてもらいリポートしてもらったほか、日立市の職員との対談も行った。このときの約20時間の動画や音声の取材データ、および取材後に行った2時間のインタビューデータをAIに学習させ、キャラクター設定を行ったという。AIエンジンは、マイクロソフトとAWS(Amazon Web Services)のエンジンを組み合わせて利用しているという。

  • 橘ケンチ氏も実際にブースを訪問

    橘ケンチ氏がイベントのブースを訪問

  • 対話型AIを体験する橘ケンチ氏

    対話型AIを体験する橘ケンチ氏

AIにキャラクター設定するメリットとは

対話型AIの開発を行った電通デジタル 執行役員 データ &AI部門長 山本覚氏は、橘ケンチ氏のキャラクター設定について、次のように説明した。

「表面的には、『割と長めに相槌打つ』『最初からカッコつけたことは言わないで、食べた後も一言だけ“美味しい”と言う』など、橘さんの話し方の特徴を捉えています。一方、エンターテインメントでどうやって地域創生をしていくのかといった、橘さんの根幹になる考え方を抽出したうえで、日立市さんや訪問した各場所に対する想いをデータとして成形して、AIに参照させていきました」

  • 電通デジタル 執行役員 データ &AI部門長 山本覚氏

    電通デジタル 執行役員 データ &AI部門長 山本覚氏

また山本氏は、AIにキャラクター設定することのメリットについては、次のように語った。

「日立市さんの魅力は、情報の塊ではなく、キャラクターにあると思います。そこを感じてもらう観点から、AIにキャラクター性があったほうがいいと考えられます。また、AIの話し方やその内容によって、人が話し続けたくなるとこともあるでしょう。将来的に目指す姿として、そのキャラクター性ゆえに『思わず話したくなる、たくさん話せる、だからたくさん相手のことがわかる』というAIになることは重要だと思っています。実存する人物の声を忠実に復元する、複数の声を合成して新しい声を作る、そういったことも可能ですので、将来、AIの精度がもっと高くなっていけば、表現力も上がっていくでしょう」

  • 橘ケンチ氏の喋り方や普段の考え方の特徴、日立市への思い、個別施設への想いをAIに学習(出典:電通デジタル)

    橘ケンチ氏の話し方や普段の考え方の特徴、日立市への思い、個別施設への想いをAIに学習させた(出典:電通デジタル)

例えば、相槌やフィラーのタイミングによって話し方が全然変わり、同じことを説明するにしても、「わかりやすく話すのか」「厳格に話すのか」といった違いによって、その人の性格を反映することができるという。

  • 入力したプロンプト(出典:電通デジタル

    入力したプロンプト(出典:電通デジタル)

バーチャル日立を通じて課題の解決を

日立市との包括連携協定と今回の対話型AIの関わりについては、日立製作所 執行役常務 営業統括本部副統括本部長 兼 デジタルシステム&サービス担当 CMO 兼 社会イノベーション事業統括本部長 馬島知恵氏が、次のように説明した。

「日立市の課題の解決に向け、リアルの世界とバーチャルの世界であるバーチャル日立市を構築していくことを目指しています。そこでは、市民の意見をどれぐらい聞けるのかということが、次世代未来都市を構築する上で必要だと思っています。バーチャル日立を通じて市民の方の意見を収集して、改善がどんどん提案される中で、それをリアルの世界に戻して反映していくという一連のサイクルを作り上げていきたいです」

  • 日立製作所 執行役常務 営業統括本部副統括本部長 兼 デジタルシステム&サービス担当 CMO 兼 社会イノベーション事業統括本部長 馬島知恵氏

    日立製作所 執行役常務 営業統括本部副統括本部長 兼 デジタルシステム&サービス担当 CMO 兼 社会イノベーション事業統括本部長 馬島知恵氏

今回の対話型AIについては、日立市の住民にどうやって関心を持ってもらい、意見を収集するかを検討していたところ、縁があって橘ケンチ氏にお願いすることになったという。

「昨年2月末に、私どものイベントで行った、地方創生のあり方、未来社会の作り方をテーマにしたトークセッションで、橘ケンチさんとコラボレーションさせていただいたときに、プロジェクトに共感いただいたこともあり、今年7月に橘ケンチさんに日立市に訪問していただきました」と馬島氏。

この機会を訪問で終わらせることなく、デジタルを活用して、橘氏の体験を日立市の魅力として追体験できるような仕掛けができないか、対話型AIが市民に興味を持ってもらう入口になるのではないかと考え、パートナー企業でもある電通デジタルに参加してもらったという。「対話型AIを開発したことで、人間の温かみをお伝えできる仕組みになったと思っています」と馬島氏は語っていた。

なお、今回開発した対話型AIの仕組みを日立市内に設置する計画はないが、地方創生に向けたツールの一つとして、今後利用を検討するという。