次に、試料中に含まれる有機物の化学構造および官能基組成が、顕微分光分析法で測定された。その結果、芳香族炭素、脂肪族炭素、ケトン基、カルボキシル基が無秩序に結合した芳香族性の高分子構造からなることが判明。このような分光学的特徴は、イブナ型やミゲイ型隕石に似ているという。

一方で、グラファイトのような秩序だった構造が見られなかったことから、試料中の有機物は母天体内部や天体衝突により200℃を超える高温に加熱されなかったことを意味するとした。

また、試料中の炭素に富む領域の水素同位体比(δD)、窒素同位体比(δ15N)を測定した結果、それらの全岩組成はCIコンドライトと、CIコンドライトの酸処理により分離精製した固体有機物の中間の値が示されたという。

これらのことから、試料中の有機物は、化学的・同位体的に、始源的な炭素質隕石に似ていることが明らかにされた。この結果は、これまでの試料の元素組成、鉱物組成、希ガス同位体組成から導かれた結論と調和的だとする。

さらに研究チームは、試料の超薄切片を作製し、詳細な観察を行った。その結果、nmサイズの球状有機物「ナノグロビュール」や薄く広がった不定形の有機物が、層状ケイ酸塩や炭酸塩に隣接、あるいは混じり合った状態が見出された。またナノグロビュール有機物は、芳香族炭素またはカルボニル炭素に富んでいたという。

一方、薄く広がった有機物には、始原的な炭素質隕石に含まれる酸不溶性有機物に化学組成が似ていることに加え、「モレキュラーカーボネート」を含むものが観察されたとする。なお同物質は、結晶性の炭酸塩鉱物ではない、分子状の炭酸塩前駆物質、あるいは炭酸エステルと推測される化合物だ。炭素質隕石中からもナノグロビュールと薄く広がった有機物の存在が報告されているが、リュウグウの方が隕石に比べて化学的、形態的に多様性があることが確認された。

ちなみに試料中の層状ケイ酸塩や炭酸塩は、母天体中で生じた二次鉱物である。つまり、これらの鉱物と共存する有機物もまた、リュウグウ母天体で液体の水と反応して生じたことが示されているという。さらに、試料中に見出された有機物の化学組成と形態の組み合わせから、母天体では液体の水との反応の進行に伴い、次の3点のような有機物の化学進化が起こっていると考えられるとした。

  1. 初生の固体有機物の加水分解、または、可溶性有機分子の層状ケイ酸塩への吸着が起こり、薄く広がった有機物が増える
  2. 固体有機物の芳香族化および酸化が進み、芳香族炭素やカルボニル炭素に富んだナノ有機物が増える
  3. 1、2の結果、有機物の組成が多様化する

なお、不溶性残渣と非処理試料の観察結果はほぼ一致したが、残渣からはモレキュラーカーボネートは観察されなかったという。このことから、同物質を含む薄く広がった有機物は酸で変化しやすいか、酸に溶ける性質を持った有機物である可能性が推測されるとした。

  • (左)リュウグウ試料の透過電子顕微鏡画像。(右)非処理のリュウグウ試料のAFM赤外顕微鏡観察で取得された、各官能基の赤外吸収に基づくマップ

    (左)リュウグウ試料の透過電子顕微鏡画像。(右)非処理のリュウグウ試料のAFM赤外顕微鏡観察で取得された、各官能基の赤外吸収に基づくマップ(出所:共同プレスリリースPDF)