Wall Street Journal(WSJ)が10月19日付(米国時間)で、「Chip Maker TSMC Weighs Expansion in Japan to Reduce Geopolitical Risk(TSMC、日本で生産増強検討 地政学リスク低減)」という記事を掲載した。

それによるとTSMCは熊本で建設を進めている同社工場(JASM)に加えて、地政学的リスク低減のために日本で先端デバイス製造に向けた生産能力拡大を検討していると事情に詳しい関係者が明らかにしたという体で、TSMCは現在のところ事業化の可能性を調査している段階だとしている。

また、このTSMCの日本での生産能力拡大は日本政府も望んでいるとしている一方で、経済産業省(経産省)の半導体産業担当官ならびにTSMC広報担当者はコメントを控えたとも伝えている。

日本での先端半導体工場建設は初期検討以前の段階の可能性

今回の報道について、台湾ではWSJ以外のメディアも報じているが、いずれもニュースソースはTSMCや台湾半導体業界からではなく、日本駐在のWSJ記者による情報として伝えているだけだが、WSJが日本政府の意向に言及していることから、つくばの3DIC研究センターや熊本工場と同様に日本政府関係者からの要請によるものと受け取められている。

背景にはTSMCは、先日開催された同社の決算説明会にて、同社は日本の熊本工場は計画通り2024年末の稼働に向けた工事が進んでいるほか、ドイツに工場建設するかどうかはまだ初期的検討段階、台湾・高雄の7nmファブ建設は着工を延期すると述べているが、今回の日本での新工場建設の可能性についてはまったく触れていなかったことが挙げられ、初期検討以前の段階であると考えられるためである。

水面下で先端半導体工場誘致を目指してきた日本政府

過去の経緯を踏まえると日本政府が、TSMCの先端半導体工場誘致に向けたアプローチを継続して行っていても違和感はないが、少なくともTSMCはこれまでのところ、そうした要請に同意した様子はない。TSMCのC.C.Wei CEOは、一般論として、新工場の建設については、顧客のニーズや経済コスト次第ということを言い続けているが、日本はいずれの条件も満たしてはいない。

この経産省がTSMCに要請している「先端プロセス」とは具体的に何を指すか、両者の交渉の経過をたどって考察してみたい。

経産省は、2020年前後に、IntelとTSMCに対し、最先端半導体工場誘致の交渉を進めようとしたものの、両社ともに断られたとされている。TSMCにとって、日本顧客は全売上高の4~5%ほどしかなく、製造コストも高く、日本に工場を建てる意義が見いだせなかったため、Intelは先端デバイスの歩留まり低迷で製造と設計を切り離すかどうかと言われていた時期であり、紆余曲折を経て、TSMCの3DIC研究開発センター、熊本への28nmプロセス工場誘致となった。28nmプロセスはソニーのCMOSイメージセンサ向けで、ソニーとTSMCがかねてより台湾のFab 14でイメージセンサ関連チップ増産に向けた商談を進めていたことから、それを日本で行うように経産省が仕向けたといわれている。

自民党半導体戦略推進議員連盟の甘利明会長は2021年12月のSEMICON Japan 2021の基調講演にて、「10年前の28nm技術に政府資金を投入しても意味がない。どうやってTSMCを10nm台まで引き込むかがこれから考えねばならぬ課題である」と述べていたほか、2nm級の 最先端ファウンドリを日本国内に設置することを目的に、米国勢と交渉を進めていることも明らかにしていた。

その後、JASMにて16/12nmまで扱うことになったが、日本が米国勢と進めようとしている2nmプロセスとの間にはギャップがある。一方の台湾政府は、最先端プロセス(現在のところ3/2nm)の海外移転は認めていないため、TSMCが日本に移転できたとしても、5nmプロセス程度までで、もし日本にTSMCの先端半導体工場が誘致できれば、7nmあるいは5nmプロセスに対応した工場となり、JASMが12nmプロセスまで、新工場が7/5nm、米国との2nm級プロセスと、各プロセスのギャップを埋めることができるようになる。