ペガサス・テック・ベンチャーズはこのほど、スタートアップピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ2024」の東京予選を、グランドハイアット東京(東京都 港区)で開催した。予選は世界100以上の国と地域で開催され、各地で勝ち上がったスタートアップ企業はシリコンバレーで開かれる決勝大会へ進む。世界大会の優勝投資賞金は100万米ドル、日本円にして約1億6000万円だ。
2023年の世界大会を制して100万米ドルの投資賞金を獲得したのは、なんと日本の企業。のどの画像を撮影するだけでインフルエンザなどを判定可能なAI医療機器「nodoca(ノドカ)」を開発するアイリスが見事に優勝を果たした。同社に続き、東京発で世界で戦うスタートアップ企業はどこなのだろうか。
ロンブー田村淳氏が挑戦を続ける原動力
東京予選には、ロンドンブーツ1号2号として芸能界で活躍しながら、著書の執筆や起業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の修了など多方面で活動する田村淳氏が登場。スタートアップワールドカップの大会会長でペガサス・テック・ベンチャーズの代表を務めるAnis Uzzaman(アニス ウッザマン)氏と対談を繰り広げた。まずはその模様をお届けしたい。
田村淳氏はなぜビジネスの世界に興味を持ったのか
アニス氏:本日、田村淳さんに参加いただいたのは、田村さんがタレントだけでなく起業家など幅広い活動をされているからです。もともとタレントとしてエンターテインメントの世界で活躍されていましたが、現在ではスタートアップの世界でも活躍されています。まずは、その原動力についてうかがえればと思います。
田村氏:僕はものすごく大きな企業を立ち上げて成功を成し遂げたというわけではありません。芸能界という世界にいるうちに、同じ人とずっと同じ話をしていても刺激がなく、自分が小さくなっていくような感覚がありました。
芸人同士の飲み会に参加しても「今の面白いってこれやんな」「ほんまですね。今の面白いものってこれですね、兄さん」のような会話が繰り返されます。もっとたくさん面白いものがあってもいいはずなのに、限られた世界の中にいることで面白いという可能性を縮めているのを感じて、他の世界の人とも関わりたいと思いました。
そこで、起業家の方、自分とは年齢が離れた方に会うようにしたら、そこにはドキドキがいっぱい詰まってました。それこそ、以前シリコンバレーに行ったときも「なんて自由な働き方なんだろう」「なんて自由な生き方なんだろう」と感じて、それを自分でも体現しようと思い、いろいろなことに手を出し始めたという流れです。
アニス氏:タレントだと撮影が夜中まで続いたり、反対に朝が早かったりと、ハードスケジュールだと思います。それに加えてスタートアップの事業も続けるのは大変そうです。仕事の優先順位の付け方について、教えてください。
田村氏:基本的にはメディアに出ることが好きですし、メディアで何かを発信するのが楽しいと思うので、ここが主となります。ですが、それと同じくらい今はオンラインコミュニティ作りに時間を割いています。一般的にはオンラインサロンと言った方が分かりやすいのかもしれませんが、オンラインサロンはトップダウン型でネガティブなイメージがあるので、僕はオンラインコミュニティと呼んでいます。
アニス氏:そのオンラインコミュニティではどのような活動をしているのですか。
田村氏:僕がこれまで生きてきた中で、人間関係の資産が一番重要だと思っています。金融資産ももちろん大事ですが、それよりもどのくらいのコミュニティでどれだけの人間関係を築けるかが、明るい未来を切り開く上で重要です。
さきほどアニスさんと名刺を交換しましたが、芸能界だけにいたら僕はアニスさんには会えなかったと思います。でも、今日アニスさんにたどりつきました。お互いに刺激し合える良い関係が作れたら嬉しいです。
今日は会場にたくさんの人が来ていますが、もし僕と名刺交換してもいいという人がいたら、名刺をください(笑)。これだけ多くの、業種が異なる人とお会いできる機会はなかなかありませんからね。
田村淳氏が学び続ける理由とは?
アニス氏:少し話は変わりますが、田村さんは芸能とビジネスに加えて、大学でも勉強していますよね。その背景と原動力について教えてください。
田村氏:知りたいと思ったことに対してすぐに動けることが、僕の一番の強みだと思っています。
母は肺がんで他界したのですが、僕が20歳になったあたりから、母に毎年「延命治療はしないで」と言われ続けてきました。ちょうど母が肺がんと診断された時期に、僕に娘が生まれました。そこで、自分も何かメッセージを残してみようと思って、生まれて初めて遺書を書いてみました。
そうすると、遺書を書くことによって、他人のために書き始めたはずの遺書の内容が意外と自分に刺さることを知りました。遺書ですから、もちろん死ぬ気で書きます。自分が大切にしていることや、これからどうやって生きたいかが明確になって、むしろポジティブな気持ちになれました。みんながそのように感じられるのではないかと感じて、遺書の研究がしたいと思ったのが、大学院に進んだきっかけです。
アニス氏:遺書の研究のために大学院に進学して、そこから「ITAKOTO(いたこと)」という遺書動画サービスを展開されましたよね。ITAKOTOも一種のイノベーションだと思います。こちらの事業内容について、会場の皆さんに説明していただけますか。
田村氏:遺書について研究した結果、他人にメッセージを残す際に、自分に対してもポジティブな反応があることを知りました。普通は、遺書と聞くと「死」「自殺」「遺産」などネガティブなワードが頭に浮かぶかもしれません。しかし、実際に遺書を書いた2000人ほどに調査すると、「未来」「希望」「感謝」などポジティブなワードが出てきます。
ネガティブなイメージのある遺書を、これだけポジティブに変えることができるサービスがあれば、世の中の人をもっとポジティブにできると思い、遺書動画サービスのITAKOTOを立ち上げました。遺書動画を撮るのは面倒かもしれませんが、まずは気軽に一度経験してもらうと、自分の中で起きるポジティブな化学反応を感じてもらえるはずです。
アニス氏:ITAKOTOのビジネスはうまくいってますか?
田村氏:これが、まったくうまくいっていません(笑)。「遺書でお金もうけ」というイメージがあり、やはり食いつきが悪いみたいです。僕は今、ここで資金調達のためにピッチをしている気分です。誰もがポジティブな気分になれるサービスなので、良いと思うんですけどね。
ただ、遺書だけのサービスではお金になりませんので、ここに保険会社や葬儀会社をひも付けて、総合商社みたいなビジネスとして広げていきたいんです。立ち上げから4年目にしてようやく一緒にやってくれる保険会社が出てきて、現在はほんの少しだけ黒字化できています。
遺書はなかなかお金にならないサービスですけど、通常はネガティブなイメージがある「死ぬ前にメッセージを残す」という行動がポジティブなイメージに変わるし、残されたメッセージによって救われる人もたくさんいるはずです。
日本の中には生きたくないのに生かされている人が多いと思います。そこで、僕の母のように自分の尊厳をメッセージとして残しておくと、自分が思った通りにあの世に行けるはずです。これが、ひいては医療費や社会保障費の削減にもつながると思っています。
アニス氏:私はアメリカの市場も見ていますが、これは良いサービスになると思います。日本ではもちろん、グローバルでもチャンスがありそうです。こうしたサービスをスタートアップで立ち上げている人はいないので、このユニークなアイデアに驚きました。本気で興味があります。
シリコンバレーで起業した意外な理由
アニス氏:ところで、田村さんはシリコンバレーでの起業にも手を出しているとうわさで聞いたのですが、その真相を聞いてもよろしいでしょうか。
田村氏:僕は吉本興業という老舗の芸能事務所に所属しています。そこでは、僕のように芸能以外の仕事をしようとすると、いわゆる師匠と呼ばれる方々から「お前は芸人なのになぜ起業するんだ」「なんでこんなことを始めるんだ」と言われ、制約を受けることが多いです。
本当は日本で起業したかったのですが、知人に相談したところ「海外で起業すれば吉本興業の目は届かないよ」と言われました。「吉本興業がどれだけ大きい会社でも海外の会社にまで物申すことは難しいので、こっそり海外で起業しよう」と持ち掛けてくれたんです。
その人は現在サンフランシスコにいるのですが、「新しいサービスを思いついたよ。アメリカでは大麻の解禁がどんどん進んでいるから、良い大麻を選別するアプリを作ろうと思う」と言われたこともあります。僕は日本でタレントをしているので大麻ビジネスはさすがに断りましたけど(笑)。結局は、海外で活躍するeスポーツの選手が日本で活動する際に支援する会社を立ち上げました。
アニス氏:田村さんは「中小企業からニッポンを元気にプロジェクト」のアンバサダーも務めています。本日会場には多くの起業家たちが集まっていますので、ぜひメッセージをお願いします。
田村氏:以前、国内の企業のほとんどが中小企業だということを知りました。中小企業は大企業に比べて予算は少ないかもしれませんが、意思決定のスピードが早く、物事を生み出すクリエイティブな作業が柔軟に行われています。こうした中小企業の人たちが元気にならなければ新しいものは生まれないし、日本の活力にもならないと思ったので、僕の力をぜひ中小企業に使ってほしいと思ったのがアンバサダーのきっかけです。
日本には多くの規制があり、スタートアップがなかなか突き抜けられない壁もあると思います。そこでわれわれのような芸能人と起業家の方がタッグを組んで、世論を作っていくことも大事だと思っています。僕でよければどんなことでもしますので、ぜひ声を掛けてください。起業家の皆さんの仲間に入れてほしいです。