高齢化社会に対応した世の中の在り方が課題となって久しいが、総務省の統計によると日本の人口に占める65歳以上の高齢者の人口は3,588万人。その比率は28.4%と過去最高を更新しており、課題は年々その切迫感を増している状況だ。一方、高齢者人口の増加は、一方で高齢者の多様化を生み出しており、健康状態の個人差によって、介護を必要する高齢者から、介護を必要としないが身体的なサポートを必要としている高齢者、そして健康を維持しており現役で働ける高齢者まで、その幅が大きくなっているのが現状だ。高齢者を「高齢者」という言葉で一括りにできない時代が到来しつつある。

これまで、高齢者の生活をサポートする福祉機器などの製品をマーケティングする場合、多くは介護老人ホームやデイケアサービスなど介護福祉関係の法人に直販するか、福祉機器を販売する代理店などの販路を通じて個人に販売するのが一般的だった。しかし、これから“介護を必要としない高齢者”が増加することが見込まれるなか、従来のマーケティングではリーチできない高齢者が増加してくことが見込まれている。

こうした状況に、企業はどのような戦略を考えているのだろうか。主に高齢者をターゲットとしたモビリティ製品「WHILL」を販売するベンチャー企業であるWHILL株式会社で執行役員 日本事業本部長を務める池田朋宏氏に話を聞いた。

  • WHILL 執行役員 日本事業本部長の池田朋宏氏

日常生活で歩行困難に悩む高齢者1000万人にリーチしたい

まずは、インタビューに先んじて行われた発表会よりWHILLのビジネスについてまとめておく。WHILL は、2012年5月に創業。2013年4月には米国、2018 年8月にはオランダに拠点を設立しており、グローバルでパーソナルモビリティの製品、サービスの開発・提供を行っている。

この秋には、新製品となる近距離モビリティ「WHILL Model C2」を発売。同社によると、新型コロナウイルス感染拡大を背景に、人々の行動が公共交通機関の利用による中長距離移動から、自転車などを活用したより近距離(自宅の近所など)の移動へとシフトしているとされており、65歳以上の高齢者約3,600万人のうち約1,000万人は、“歩きづらさ”を感じており、補助なく500メートル歩くことが困難なのだという。このデータは、介護を必要としているわけではないが、身体の衰えなどを背景に歩きづらさを感じているため、気軽に行動できないという高齢者が決して少数ではないことを示唆している。こうした課題を解決したいと開発されたのが、「WHILL Model C2」なのだそうだ。

  • WHILLの新製品「WHILL Model C2」

  • 多数の中間業者を間に入れる従来の流通スキームに加えて、ダイレクト販売を強化する

特にこの「WHILL Model C2」では、福祉機器を販売する代理店などを通じての従来の販売方法に加えて、ダイレクトセールスを大幅に強化。購入を検討する個人消費者からWebや電話を通じて相談や注文を受け付け、保険の付与や本体補償などアフターサービスも拡充したのだという。

従来モデル「WHILL Model C」の販売では、コアターゲットを10メートルの歩行が困難な介護保険受給者に定めて、メーカーであるWHILLから全国レベルで確立している福祉機器の流通スキームを通じて利用者の手に届けられるのが一般的だったのだそうだ。こうした従来からある流通スキームは残しつつ、一方でメーカーと利用者が直接つながるスキームを加えることで、ターゲットを介護保険受給者だけでなく広く歩行困難者に拡大して、販売だけでなく事前の情報提供、試乗機会の提供、購入後のサポート、修理などのアフターケアをきめ細かに行っていくのが狙いだ。

「一度使ってもらう」って、とても大事なマーケティングだ

では、消費者に商品を届けるダイレクトセールスを推進するにあたって、池田氏はどのような点を重視しているのだろうか。池田氏は歩行困難な高齢者をも一括りで考えず、「より細分化してコアターゲットを定めて、そのターゲットにどのように効率的にリーチできるか、認知してもらうえるか、購入のハードルを下げてもらえるかを考えていく」としながら、その方法論について次のように語っている。

「これから様々な場所で製品をレンタルできるような施策を展開していく。実際に製品を乗ってもらうことで、製品の良さや利用シーンを知ってもらう機会を作っていきたい。ウェブや電話の相談窓口や注文窓口は、高齢者が様々なシーンでの体験を通じて『これが欲しい』と態度変容したときに、手軽に買えるような状態を作っていくための施策だ」(池田氏)

  • WHILLのマーケティング戦略を語る池田氏

つまり、WHILLではインターネットで販売窓口を設けるものの、いわゆるウェブプロモーションは重視していないということを示唆している。コアターゲットが高齢者(とその家族)であるという点や、価値判断に製品の試乗体験が欠かせない点などを背景に、リアルな場での体験を積極的に作っていくことでブランド・製品の認知向上や購入に向けた障壁の軽減に注力し、購入意欲が高まった顧客に対してはウェブやコールセンターにAlways Onの相談・販売の窓口を設けることで、きめ細かなサービスを提供しようと考えたのだ。

「ECというとネット販売というイメージを持つかもしれないが、ターゲット層が高齢者ということもあり、実際には電話でも相談や注文ができるということ点を重視している。コールセンターの内製化を行っており、見込み顧客からの質疑応答に答えることで私たちもノウハウを蓄積していきたい。加えて、CRMも刷新する。コールセンター、CRMシステム、ネット販売を連携させて色々なデータが蓄積されるような体制を作っていく」(池田氏)

池田氏は「“1度乗ってもらう”ってとても大事なマーケティングだ。その機会をこれから作っていくことが非常に重要だ」と語る。今後は、商業施設などでの試乗体験や駅、空港など公共施設との協業によるサービス構築などを通じて、リアルで製品を体験できる機会を設けて認知を高めていくとしている。また、自治体との連携も模索しており、今後は官民協業による実証実験もスタートしていくのだそうだ。「生活がどの程度向上したか、どういう人が利用しているかなどのデータを取ることで、サービスの向上に活かしていければ」(池田氏)

冒頭にも課題提起した通り、高齢者の増加が進む中、その「高齢者」の定義は多様化している。これまで高齢者対象の福祉製品は介護施設・サービスなどでのケアを必要としている程度の重度の要介護高齢者をメインターゲットにしてきたが、今後は介護を必要とする程度ではないものの、身体機能の衰えなどにより日常生活を維持するための様々なサポートを必要とする高齢者は増加していくことが予想される。

こうした、高齢者が健康な状態と要介護状態の中間にある身体機能や認知機能の低下が見られる状態を、日本老年医学会は「フレイル(虚弱)」と定義し、要介護状態に進行しないよう予防を行うことを呼びかけている。同社でも、フレイル予防を専門分野としている東京大学の飯島勝矢教授監修によりフレイルの進行を予防し実年齢に関係なく社会的年齢(ソーシャル・エイジ)を伸ばすことを目的とした「ソーシャル・エイジ向上アイデア」を公開するなどしており、高齢者のクオリティ・オブ・ライフ向上に貢献したい考えだ。

「世の中のイメージは、ものすごく健康な高齢者と、手厚い介護を必要とする高齢者の二極しか見えていないだろう。しかし、その間には様々な個性をもった高齢者が存在している。私たちの製品は、健康だけれども運動機能が著しく低下しているという高齢者を対象に、私たちが自転車に乗るような感覚で製品を生活のなかで活用してほしいと考えている。道路交通法上は車いすの規格で開発されているWHILLの製品は、歩行困難者にとって一番安全な乗り物を目指している。これから、介護保険適用者だけでなくさらに多くの高齢者に製品のメリットを体験できる機会を提供していきたい」(池田氏)