1976年の創業以来、一貫して統計解析/ビジネスインテリジェンス(BI)/分析の分野に注力しているSAS Institute(以下、SAS)。創立者でCEO(最高経営責任者)であるJim Goodnight(ジム・グッドナイト)氏は、創業当時からデータ分析から知見を得る重要性を訴え、40年以上にわたり継続的な成長を牽引してきた。Fortune誌の「世界で最も働きやすい企業」では常に上位をキープし、「働きがいのある企業」として高く評価されている。 栄枯盛衰が激しいIT業界にあって、希有な存在と言えるだろう。

そんなグッドナイト氏は、昨今の人工知能(AI)や機械学習(ML)ブームをどのように見ているのか。今後、AIやMLは世の中にどのようなインパクトを与えると予想しているのか。「SAS Global Forum 2019」(2019年4月4月28日~5月1日/米国ダラス開催)で、話を聞いた。

  • SAS Instituteの創立者でCEO(最高経営責任者)のJim Goodnight(ジム・グッドナイト)氏。「SAS Global Forum 2019」では基調講演に登壇し、分析を民主化する重要性を訴えた

*--AIやMLの台頭で、IT業界はどのように変化すると考えますか。また、これらのSASの創業者として、10年後にはSASがどのような会社であることを期待しますか? *--

グッドナイト氏: 分析を取り巻く環境は急速に変化しています。2年以上先のことを考えると、(業界やSASがどうなるかといったことは)私は何も思いつきません。おそらく、コンピュータは(ユーザーが特定の目的のために利用する)ソフトウェアが必要なくなる――つまりコンピュータが自律的に考えるようになっているでしょう。

--では、今後2年間のスパンではいかがでしょうか。人工知能(AI)はどのような進化を遂げると予測しますか。--

グッドナイト氏: 基調講演でも示したとおり、AIが本当に得意とするのは、コンピュータビジョンと自然言語分野だと考えます。テキスト to スピーチ、スピーチto テキストや翻訳といった自然言語処理の進化によって、例えば、電話のように(リアルタイム性を持って)日本語と英語で会話ができるようになるのではないでしょうか。

  • グッドナイト氏はAIが最も力を発揮する領域として「コンピュータビジョン」と「自然言語処理」を挙げた

ただし、自然言語処理は単なるモデルに過ぎません。つまり、インプットしたデータに対してアウトプットを得るだけです。コンピュータ自身が自律的に考えている結果とはいえません。ですから、(AIに対する不安で挙げられるように)「すぐにでもAIが世界を乗っ取る」ということはないと考えています。

しかし、AIによる自動運転といった分野は、状況が異なります。自動運転自動車はそれ自身が外部環境を判断し、自律的に移動する。今後は、タクシー運転手の数は減少するでしょうし、それ以上に(単調な長距離を走る)トラック運転手の数は激減するでしょう。かれらは、運転以外の新たなスキルを身に付ける必要があると考えています。

--現在は多くのITベンダーがAIを提供しています。企業は何を基準にAIを選択すべきだと考えますか?--

グッドナイト氏: その質問は視点が逆です。企業は「AIありき」ではなく、「なぜビジネスでAIが必要なのか」を明確にして、AIを選択する必要があります。具体的なビジネスで必要なAIの機能を考え、それに沿ったAI搭載の製品/サービスを選択すればよいのです。

(どのAI製品/サービスを選択したとしても)多くのユーザー企業が得られるメリットは、利用しているモデル改善による精度の向上です。AI提供ベンダーは、例えば機械学習に勾配ブースティング(Gradient Boosting)などの手法を用いて、少しずつモデルを改善し、予測精度の向上に努めています。

  • 「SAS Global Forum 2019」ではコンピュータビジョンの進化例として、動き回る14名の顔をリアルタイムで追跡しながら認識する顔認識技術のデモを披露した

--人材育成について見解を聞かせてください。現在はAIベンダーだけでなく、顧客企業も優秀なデータサイエンティストを必要としていますが、圧倒的に数が足りないと指摘されています。--

グッドナイト氏: SASではグローバルで約75の大学に対し、データサイエンティスト育成の高度な分析トレーニング支援を実施しています。また、データサイエンスの教育に携わる先生や教授だけでなく、学生にもAlのソフトウェアを無償で提供しています。

さらに、オンラインでも学習できるように、チャット、Webチュートリアルによるeラーニングの提供だけでなく、学習に必要なドキュメントや情報交換できるコミュニティ、技術サポートなどツールも公開しています。

SASは2019年3月に今後3年間でAI分野へ10億ドル投資すると発表しました。投資のかなりの部分は、教育/人材育成に役立てられるでしょう。SASではパートナー企業や大学と協力し、特定のスキルセットや分析知識を身に付けてもらう取り組みをしています。実際、この取り組みに参加する企業は増加傾向にあります。

--大学だけでなく、「Boys&Girls Clubs」のような慈善事業団体とも提携し、独自のプログラミング学習アプリ「SAS CodeSnaps」を無償提供すると発表しました。なぜ、教育分野にそれほど多額の投資をするのでしょうか。--

グッドナイト氏: 未来は単純なものではありません。日本には優れた児童教育プログラムがありますね。しかし、米国の児童教育プログラムは優れているとは言いがたい。事実、米国の小学校三年生で、同年で身に付けるべきレベルの読み書きができる児童は40%しかいないのです。米国の児童教育水準は、日本よりも低い。まずはこの問題に向き合わないといけません。

  • 「SAS Global Forum 2019」に登壇した「Boys &Girls Clubs」に通う小学生。「Boys &Girls Clubs」は児童から青少年を対象にした放課後プログラムを提供する米国の非営利団体。各学校(学区)によって教育の“質”にばらつきがある米国ではこうした非営利団体の活動が子どもの教育に重要な意味を持つという

--SASのクラウド戦略について教えてください。2016年にクラウド対応AIプラットフォームの「SAS Viya」をリリースしました。現在、多くのユーザーがオンプレミス環境の「SAS 9」を利用していますが、SASとしては移行を促す戦略を執りますか。将来的には、すべての製品がクラウドでリリースする予定でしょうか。--

グッドナイト氏: 答えは「SAS ViyaもSAS 9も両方やります」です。SASは自前で運用している「SAS Cloud」をはじめ、「Amazon Web Services(AWS)」「Microsoft Azure」「Google Cloud Platform」「Alibaba Cloud」といったパブリッククラウドにも対応しています。そしてSAS Viyaは、コンテナ技術であらゆる環境にデプロイ可能です。さらに(クラウド環境とオンプレミス環境が)シームレスに連携するツールも提供しています。

ですから、顧客が「SAS Viya」と「SAS 9」のどちらを選択したとしても、同じ機能を提供していく予定です。この方針に変更はありません。