東北大学は、同大らの共同研究グループが、強磁性半導体(Ga,Mn)Asを用いた横型スピン注入素子において、弱磁場下で半導体GaAsチャネル中の核スピン偏極を観測することに成功し、核スピンが20μmの長距離にわたって偏極していることを明らかにしたと発表した。

この成果は、東北大学金属材料研究所の塩貝純一助教、東北大学工学研究科の好田誠准教授、同・新田淳作教授らと、東北大学金属材料研究所の野島勉准教授、ドイツ・レーゲンスブルク大学のDieter Weiss教授らとの共同研究グループによるもので、3月27日に米国科学誌「Applied Physics Letters」オンライン公開された。

  • 同研究で使用したスピン注入端子(出所:東北大ニュースリリース※PDF)

    同研究で使用したスピン注入端子(出所:東北大ニュースリリース※PDF)

近年、電子の持つ「電荷」と「スピン」のふたつの自由度を電気的に操作することにより、新しい機能を備えたスピントロニクスデバイスの開発が精力的に行われている。なかでもGaAsをはじめとするIII-V族半導体は、スピントランジスタのチャネル材料やスピン発光ダイオードの候補物質として注目されている。

これらの物質は、GaとAs原子が有限の核スピンを有するため、電子スピンとのフリップフロップ過程で核スピンが偏極すると、最大で数テスラに及ぶ核磁場を生み出し、電子スピンの寿命を大きく変調させる。よって、核磁場とスピン流の相互作用を直接観測しその機構を理解することが、半導体を用いたスピン流デバイス研究開発において重要な課題となっている。

これまで、GaAsを母物質とした薄膜素子は、強磁場下での量子ホール状態や円偏光スピン発光ダイオード素子において、核スピン偏極が調べられてきたが、スピントランジスタの基本構成要素である微小な横型スピン注入素子のチャネル中における核スピン偏極の空間的な広がりとスピン流に及ぼす影響に関する知見はなかった。

この研究では、上図のような横型スピン注入素子を作製した。スピン検出端子を複数配置しているため、磁気抵抗効果から電子スピンの偏極率の距離依存性を測定でき、核スピン偏極率やその空間分布をスピン電圧として読み出すことが可能である。

  • 各スピン検出端子で測定したスピン電圧(出所:東北大ニュースリリース※PDF)

    各スピン検出端子で測定したスピン電圧(出所:東北大ニュースリリース※PDF)

また、検出端子における磁気抵抗測定の結果は、電子スピン蓄積を示すゼロ磁場付近のピークに加え、核スピン偏極を示すサテライトピーク(逆三角)が観測された。このサテライトピークが観測される磁場の値が、スピン流が感じる核磁場の値に相当する。スピン注入端子から20μm離れた検出端子においてもサテライトピークが観測されていることから、スピン注入源から20μmの長距離まで核スピンが偏極していると考えられる。また、注入端子から離れるに従いサテライトピークが弱磁場側にシフトしており、核スピン偏極率(スピン流が感じる核磁場)がスピン流の伝搬に伴って小さくなっていることがわかる。

この結果は、半導体横型チャネルにおいて、スピン流と核スピンの相間を明らかにした初めての結果である。核スピンは電子スピンと比較して、スピンの情報を長時間にわたり保持できることから、量子情報におけるメモリの役割が期待される。

この研究では、微小なスピン注入素子を用いることで、これまでの量子ホール系やスピ ン光学素子と比較して、比較的弱磁場かつ電気的に核スピン偏極とその検出に成功 した。これにより、スピン流を用いたスピン情報の書き込み・読み出しの基盤技術が確立できた。

今回の研究で得られたスピン流と核スピンの相互作用に関する知見は、将来の半導体スピントロニクスデバイスへの応用が期待されるということだ。