今から約50年後、太陽系から遠く離れた場所にある惑星に(それはもうひとつの地球かもしれない)、地球人が造った切手サイズの探査機が訪れる――。

そんなSF小説のような夢を叶えるかもしれない人工衛星が、2017年6月23日に打ち上げられた。

質量が数百kgほどの小型衛星や、それより小さな数kgしかない超小型衛星でさえ、今ではもうすっかり珍しいものではなくなった。しかし、このとき打ち上げられた「スプライト」(Sprite)と名づけられたこの衛星は、3.5cm四方の正方形をしており、質量はわずか4gしかない、世界最小・最軽量の人工衛星である。

そして7月26日、スプライトと地球との通信に成功し、世界最小の衛星が宇宙できちんと機能することが実証された。

スプライトのような超々小型衛星は、今はまだ「いかに小さな衛星が造れるか」という技術的な挑戦という面が強い。しかしいずれは、数g単位の衛星ならではの利用法が生まれ、そして人類が夢に夢見た、別の恒星や惑星系の探査を、それも今後数十年のうちに実現させることになるかもしれない。

世界最小・最軽量の人工衛星「スプライト」 (C) KickSat

スプライトのような超々小型衛星の技術は、人類初の星間飛行という夢を実現させる鍵をにぎっている (C) Breakthrough Initiatives

マイクロサット、ナノサット、そしてピコサットへ

「これからは小型衛星の時代」、「今、小型衛星がブーム」――。そんな言葉が聞かれるようになって、10年以上が経とうとしている。

宇宙開発の黎明期にも、数十kgくらいの衛星は珍しくはなかったが、これは当時ロケットの性能が低く、仕方なくその大きさに合わせるしかなかったという側面が強い。実際、その後ロケットの能力向上とともに衛星も大きくなり、衛星といえば数千kg(数トン)単位のものが当たり前になった。

その後、1990年代から電子部品の小型化、高性能化が加速したことを背景に、衛星も小型化する動きが始まり、英国のサリー・サテライト・テクノロジー(SSTL)を筆頭に、数百~数十kgくらいの規模ながら、従来の大型衛星と遜色ない性能をもつ小型衛星が続々と登場した。

衛星が小型になるということは、部品の数やかかわる人員、試験設備の規模まで小さくできるということであり、すなわち衛星ひとつ造るのにかかるコストが安く、期間も短くできるということを意味する。そのため、かつての"仕方なく"から、"喜んで"小型化されるようになり、小型衛星の開発や利用はぐんぐん広まり、新たな企業や需要、そして市場が誕生するまでになった。

そして1999年、日米の大学を中心に、10cm四方の立方体をした、わずか1kgほどの手のひらサイズの超小型衛星「キューブサット」の開発が提唱され、2003年に初めて打ち上げられたのをきっかけに、これまで数多のキューブサットが宇宙へ飛び立った。手のひらサイズとはいえ、カメラで地球を撮影したり、通信したり、あるいは簡単な科学ミッションもできる。

ところで、カメラで写真を撮ったり、通信したりといったことは、今ではスマートフォンでも簡単にできる。そしてスマートフォンが1kgもない(たとえばiPhoneは100~200gほど)ことを思えば、キューブサットよりもっと小さな衛星も造れそうに思える。

そして実際、2010年代に入り、数百g単位の「ピコサット」と呼ばれる衛星が開発された。数十kgの衛星をマイクロサット、そして数kgのキューブサットをナノサットと位置づけ、それよりさらに小さい衛星という意味で"ピコ"と名づけられている。米国やドイツ、中国などの研究機関や大学で開発が進んでおり、そのうち数機はすでに実際に打ち上げられ、宇宙を飛んでいる。

1辺10cmの立方体の形をしたキューブサット (C) NASA

2015年に打ち上げられた、米スタンフォード大学の衛星「SNAPS」。わずか500gしかない (C) Stanford University

ピコサットよりさらに小さな「フェムトサット」、「アトサット」

そして近年、ピコサットよりもさらに小さな、数十~数gの衛星も造れるのではないか? という動きが出てきた。ピコよりさらに小さいという意味で「フェムトサット」、「アトサット」と呼ばれるこの衛星は現在、世界のいくつかの大学などで開発が進められている。

そして今回、米国コーネル大学のザク・マンチェスター(Zac Manchester)氏らを中心に開発され、宇宙へ打ち上げられたのが、アトサットの「スプライト」である。世界最小・最軽量の人工衛星である。

スプライトは3.5cm四方の正方形をした板状の衛星で、ちょっと大きめの切手か、お菓子のクラッカーに似ている。そして質量はわずか4gという、世界最小・最軽量の人工衛星である。

また、マイクロコントローラやセンサ、アンテナ、キャパシタなどが露出した状態で載せられており、まるで回路基板そのままのような姿をしており、とても衛星らしくない。電力は同じく基板の表面に実装された小さな太陽電池によって賄う。機能も限られており、数バイト程度のメッセージを送信できるだけだという。

スプライトは今回6機が製造され、ドイツのOHBシステムズが開発した「マックス・ヴァリエ」(Max Valier)と「ヴェンタ1」(Venta-1)という2機の衛星の外側に、1機ずつ搭載されている。残りの4機はマックス・ヴァリエの内部に搭載され、近々放出されるという(ちなみにマックス・ヴァリエ自体も15kg、ヴェンタも5kgしかない超小型衛星である)。

マックス・ヴァリエとヴェンタ1は、他の29機の小型・超小型衛星とともにインドのPSLVロケットに搭載され、6月23日に打ち上げられた。全31機の衛星はすべて分離され、軌道に投入された。

そして7月26日までに、世界中のアマチュア無線家などから「スプライトからの電波を受信した」という報告が相次いで寄せられたことから、マンチェスター氏は「スプライトが軌道上でしっかり動くことが実証された」と発表した。ちなみに今回受信できたのは、ヴェンタ1の外側に搭載されている衛星からの電波だったと推測されている。

スプライトの実機 (C) KickSat

「マックス・ヴァリエ」の画像。画像の下に写っているのがスプライト (C) Zac Manchester

小さな体に秘められた大きな可能性

実は、スプライトの打ち上げは今回が初めてではなく、2014年にも一度打ち上げられている。このときは「キックサット」(KickSat)という名前で、キューブサット3つ分の大きさの衛星(3Uキューブサットという)から、100機以上のスプライトをばら撒くようにして放出する計画だった。開発資金をクラウドファンディングのキックスターター(Kickstarter)で集めたことから、キックサットという名前が付けられた。

キックサットそのものは軌道に投入されたものの、しかしトラブルによりスプライトの放出に失敗し、そのまま大気圏に再突入するという結果に終わった。マンチェスター氏らは改良を施したキックサットの2号機も開発しているが、まだ打ち上げられておらず、今回のミッションがスプライトにとって初の成功となった。

スプライトを放出するキックサットの想像図 (C) KickSat

キックサットの中に搭載されていたスプライトのうちの1機 (C) KickSat

しかし、商業利用などが考えられているキューブサットとは違い、フェムト、アトサットができることはキューブサット以上に限られているため、具体的に何かの役に立つということはない。今の段階ではまだ、「いかに小さな衛星が造れるか」という技術的な挑戦という意味合いが強い。

とはいえ、電子部品の小型化、高性能化はまだまだ進んでおり、これからそう遠くないうちに、今のキューブサットでできることと同じことが、あるいはそれ以上の、数g単位の超々小型衛星ならではのこともできるようになる可能性がある。

そしてそのひとつが星間飛行、すなわち人類が夢に夢見た、別の恒星や惑星系への飛行である。