慶應義塾大学(慶応大)は8月30日、「胆汁酸」調節により2型糖尿病やメタボリックシンドロームが改善するメカニズムを解明したと発表した。
成果は、同大大学院 政策・メディア研究科の渡辺光博教授(兼環境情報学部教授、兼医学部教授)、スイス・ローザンヌ工科大学のJohan Auwerx教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間8月29日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE(Public Library of Science One)」に、また英国科学誌「Nature Scientific Reports」には5月30日付けで掲載された。
胆汁酸は食事により摂取した脂質が高濃度に存在する腸管において、腸管壁に脂質が吸着するのを防ぎ、かつ、消化・吸収を助け、生体内に効率よく脂質を取り込む際に重要な役割を担っている。
さらに、胆汁酸は単なる消化薬としてだけではなく、薬としても重宝されている。日本では動物性の生薬である「熊胆」(熊の胆嚢、「ゆうたん」「くまのい」ともいう)は1500年以上前から万能薬として用いられており(画像1)、そのほかにも世界的に見てさまざまな動物の胆嚢が薬として古来より用いられてきた。
渡辺教授らは最近10年の間に、胆汁酸が単に消化吸収のために存在するのではなく、食事と関わる全身の「シグナル伝達分子」として、ホルモンのような働きがあり、脂肪肝の抑制効果があることや肥満・糖尿病治療の可能性につながるさまざまな働きをしていることを明らかにしてきた(画像2)。
これまでの研究では、胆汁酸をターゲットにした高中性脂肪血症、脂肪肝に対する新規治療薬開発、また、まったく新しい作用メカニズムを持ち、副作用の少ない、エネルギー代謝を高めることによる肥満・糖尿病治療薬の研究開発に貢献してきたのである。
このような新しい胆汁酸の機能を直ぐに臨床に還元する方法が、現在、高コレステロール血症治療薬として使用されている「胆汁酸吸着レジン」を用いることであると渡辺教授らは世界に先駆け提唱し、ほかの複数のグループからも再現性がよく効果があることが報告され、2008年1月に米国FDAより糖尿病治療の適応が追加された(画像3)。
しかしながら、その作用メカニズムはこれまで明らかにされておらず、より効率のよい新規治療薬開発には限界があったのである。
今回、研究グループは、前述の作用メカニズムについての研究を進め、それを明らかにした。胆汁酸吸着レジンが肝臓での胆汁酸の合成を高めることに着目したのである(画像4)。
検討が行われた結果、新たに肝臓で生成された胆汁酸が脂肪肝を改善し、末梢では胆汁酸を「リガンド」(特定の受容体に特異的に結合する物質の総称)とする「Gタンパク質結合受容体(7回膜貫通型受容体、GPCR)」である「TGR5」を活性化し、エネルギー代謝を高め、胆汁酸を投与した時と同様にエネルギー代謝が高まり、肥満が改善され、糖尿病の改善が認められることを明らかにした(画像5)。
さらに、胆汁酸吸着レジンにより、現在、その安全性と効果から治療薬のターゲットとして注目を浴びている、「GLP-1」(腸管より分泌されるインクレチンの1つ)の分泌がTGR5を介し促進されることを明らかにした。
画像4。胆汁酸吸着レジンにより肝臓での胆汁酸合成は増加する |
画像5。胆汁酸が脂肪肝を改善し、末梢では胆汁酸をリガンドとするGPCRであるTGR5を活性化し、エネルギー代謝を高め、胆汁酸を投与した時と同様にエネルギー代謝が高まり、肥満が改善され、糖尿病を改善 |
現在、世界中で糖尿病の治療薬としてGLP-1の分解を抑制する「DPP4阻害薬」多く使用されているが、糖尿病患者ではGLP-1自体の分泌が低下していることが明らかにされ、問題となっている(画像6)。渡辺教授らは、今回の発見は、これらの問題点の原因究明や解決に結びつくと考えているとした。
高血糖と高コレステロール血症の両疾患に罹患すると、脳梗塞や心筋梗塞など血管疾患のリスクが約5倍に増加する(画像7)。日本のみならず、これらの合併患者数は世界中で増加しており、大きな問題となっている(画像8)。
糖尿病患者数は約890万人、糖尿病予備群が約1320万人、高コレステロール血症が約2500万人。高コレステロール血症における糖尿病、境界型への早期治療介入が今後の重要な課題となっている。
今回の研究の検討に使用した胆汁酸吸着レジンは、元来、高コレステロール血症の治療薬であり、さらに今回の研究によって血糖改善のメカニズムが明らかにされ、血管疾患発症のリスクを低減させる効果的な薬剤と考えられるという。さらに胆汁酸吸着レジンは、体内に吸収されないため重篤な副作用がない薬剤であり、将来、糖尿病治療薬としての開発も期待される。
その上、薬剤を飲むほどでない健常な人でも、日常の食生活において胆汁酸吸着レジンと同様に胆汁酸吸着作用がある日本古来の食事であるモズクやコンニャクなど食物繊維を含む食材を積極的に食することにより、メタボリックシンドローム発症の予防、日本人の死因の30%である血管疾患発症の抑制、健康寿命の延長による質の高い老後、少子高齢化に伴う医療費削減にも貢献できると考えているとした(画像9)。
胆汁酸吸着レジンを用いたメタボリックシンドローム治療への応用研究を推進すると共に、胆汁酸代謝を調節することによる代謝調節機構のさらなる解明、TGR5を介したGLP-1分泌亢進によるメタボリックシンドローム治療への発展が期待されるという。
また、日本古来の食事であるモズクやコンニャクなど食物繊維摂取によるメタボリックシンドローム発症予防のエビデンスを明確にし、国民の健康増進を啓蒙していきたいと考えていると、渡辺教授らは今後の予定を語っている。