本書とこれまでの本との大きな違いは、この本の電子版がプロモーション目的で11月13日から1万人限定で無料公開されたことだ。

書籍を全編公開して果たして本が売れるのか?という心配をするのは筆者だけではないだろう。筆者は運よく電子版を読むことができた(公開後48時間で1万人に達したという)が、PC上でPDFは読みにくいことを再認識しただけだった。まだまだ圧倒的に紙の書籍が読みやすいので、今回のようなプロモーションが成立するのだろう。

インターネットの世界では、プロバイダ費用は別にして、何でも無料というのが当たり前になっている。このような無料の世界で、どうすればビジネスができるのだろう。本書『フリー』では、デジタルの特性として、情報は無料になるという衝撃的な考えと、この無料の世界での新しいビジネスモデルを提唱している。

無料サービス自体はずっと以前から存在している。たとえば、無料サンプルや携帯電話の本体価格が無料になるなどだ。これらは他の商品に無料分の価格が転嫁されている。

また、マイコミジャーナルをはじめとする、ほとんどのオンラインのニュースサイトは無料でニュースやコラムが読めるわけだが、これは広告モデルだ。コンテンツの提供者と受給者とは別の第三者が費用を負担している。

そしてもうひとつ、フリーミアム(フリー+プレミアムからできた造語)というビジネスモデルがある。これは無料版のサービスを大多数のユーザに提供しつつ、一部のユーザに対して有料版のサービスを提供して元をとるというビジネスモデルだ。

機能限定版のソフトウェアを無料で公開し、機能の高いバージョンを有料で提供するということは従来から行われているが、これがフリーミアムだ。たとえばmixiやはてななどのサービスのほとんどは無料で利用できる中で、有料会員向けに特別な機能が提供されているが、こういったものが相当する。また、筆者はオンライン写真管理サービス「Picasa」を利用しているが、ストレージ容量が無料版で提供される1GBを越えそうなので、有料サービス(20GBで年間5ドル)を契約しようかと思っているところだが、これもフリーミアムだ。

本書『フリー』の電子版を無料公開し、興味を持った一部のユーザが、より読みやすい書籍版を購入するという狙いも同じだろう。

このようにインターネットのサービスでは、無料をエサに大量のユーザを集め、そのユーザの一部から金を生み出すようなビジネスモデルを考えるのがひとつの方法なのだ。

しかし、そもそもなぜ無料で提供できるのかというと、それこそデジタル時代のテクノロジーの進化によるところが大きい。本書のPDFを1万人に配布するコストは、紙の書籍の配布と比べるとただ同然であることは容易に理解できる。

著者のアンダーソンは、情報処理能力、通信帯域幅、記憶容量のコストが年々低下していく中、ネットで情報を提供するコストは将来ゼロになるという。重力の法則のように、フリーの法則にしたがって情報はいずれ無料になるというのだ。

これはソフトウェア会社やレコード会社などの著作権保有者にとっては受け入れがたい考えだろう。現在、中国では著作権を無視した違法コピーの映画のDVDや海賊版のソフトウェアが蔓延しているが、アンダーソンにいわせると、それもやむなし、ということだ。なぜならデジタルデータの複製にはコストがほとんどかからないので、「競争市場において価格は限界費用まで低下する」という経済理論によりデジタルデータの価格はゼロになるからだそうだ。

デジタル情報が無料になるのならば、デジタルの世界で飯を食べている人間はどこで稼げばよいのか? 中国の音楽市場がひとつの答えを示している。この国では音楽CDなどは違法コピーされるのがオチなので、CD自体はマーケティングツールとみなされ、無料で広く音楽を広めるために使われる。代わりにアーティストはライブや関連商品で稼ぐのだ。

ソフトウェアに関してはオープンソースという「フリー」のソフトウェアが周辺ビジネスで事業として成り立っているのはご承知のとおりだ。

要は、無料の周辺で儲ける仕組みを考えようというのが本書のメッセージである。

デジタルになって苦境に落ちいっている代表例は新聞社だ。インターネットで無料のニュースサイトを自身で開設して以来、若い世代は新聞はネットで読むもの、という考えが増えてきているのか、紙の新聞は売れなくなってきている。

かつて、ブリタニカに代表される紙の百科辞典が、マイクロソフトの電子版百科辞典のエンカルタに駆逐され、さらに、無料のWikipediaがエンカルタを駆逐したように、紙の新聞はなくなってしまうのだろうか。

ある航空会社は自らの業務を旅行ビジネスと定義しなおすことにより、航空券を無料で提供しつつも、レンタカーなどからのキックバックで金をとることができているそうだ。同様に、新聞社に今求められているのは、自らの業務を紙の新聞の販売業から、プロのジャーナリストとしてのコンテンツ提供者、と再定義することではないか。単純なニュースはネットから無料で入手できる時代だ。ネットでは得られない希少な情報を提供するサービスを始めるべきだろう。

いちユーザとしては、「インターネットは無料で便利」なものでかまわない。だが、ビジネスを行う側には、デジタルがゆえに可能となった大量の無料コンテンツをベースとした、新たなビジネスモデルを定義できるかどうかが勝負の分かれ目になる。

本書『フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略』は、アンダーソンの前著『ロングテール―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』に続き、ネットビジネスのフレームワークをまた新たに作り出したといえる。

フリー <無料>からお金を生みだす新戦略

クリス・アンダーソン 著 / 高橋則明 翻訳 / 小林弘人 監修・解説
日本放送出版協会 発行
2009年11月26日 発売
352ページ / 四六判上製
定価 1,890円(税込)
ISBN978-4-14-081404-8
出版社から: あなたがどの業界にいようとも、〈無料(フリー)〉との競争が待っている - なぜ一番人気のあるコンテンツを有料にしてはいけないのか? なぜビット経済では、95%をタダにしてもビジネスが可能なのか?〈価格ゼロ〉との競争は、もはや可能性の問題ではなく時間の問題だ。デジタル経済の大変革を喝破した世界的ベストセラー『ロングテール』の著者が描く、21世紀の経済モデル。