ペーパレス化によって実現する働き方改革に関して解説する本連載。第2回目となる今回はペーパレス化を阻んでいた日本のはんこ文化と、昨今ペーパレス化が急速に受け入れられはじめた外因についてお話します。

ペーパレス化を阻んできた日本のはんこ文化

第1回目で近年においてペーパレス化を阻んでいた、運用面や技術面での課題について触れましたが、それ以上にペーパレスを阻んでいる日本固有の文化的側面があります。

本題に入る前にちょっと脱線して、日本の紙の歴史について少し触れます。日本製紙連合会によれば、日本に紙の作り方が伝播してきたのは、7世紀に現在の中国東北部の南部から朝鮮半島北中部に存在した国家である高句麗からだったそうです。

当初は原材料として麻が使われ、その後は他の植物も利用されるようになり、製造方法も改良が施され、和紙が出来上がっていったそうです。つまり、日本の紙の歴史は今から14世紀前に始まったのです。

平安時代には、紙が高価だったこともありリサイクルが行われていたようです。この頃から再利用という概念や技術があったことは驚きです。そして1889年には、有恒社が日本で最初の洋紙の生産を開始し、国産パルプの製造が開始されると製紙工場も増え、紙のビジネスへの本格利用が始まります。

日本のビジネスの商慣習において、紙と同様に重要なものが印鑑です。ちなみに、はんこは皆さんが良く利用している棒状の、切り口が円形、楕円形、角形などの形をしたものなのに対し、印鑑は印影とも呼ばれ、はんこで捺印した時に、対象物上に残る文字や絵のことを指します。

韓国では偽造印鑑の犯罪が相次いだ歴史から、近年印鑑登録制度が廃止され、現在は電子認証や身分証明書などが主流となっている一方で、日本や台湾では印鑑が本人の証明や意思を表すといった文化が根強く残っています。

日本では、住宅の契約、銀行口座開設、企業間契約や提出書類などのビジネスシーンまで、他国と比べても各種契約ごとに、いまだ印鑑が必要なケースが少なくありません。筆者が、日系企業で働いていた時は、数多くの書類にはんこで捺印し、三文判、日付印、実印をシーンに合わせて使い分けていました。では、“はんこで捺印すること”に、どのような意味合いがあるのでしょうか。

  • ペーパレスではじめる働き方改革 第2回

大正15年にできた民事訴訟法228粂4項には、「私文書は、本人またはその代理人の署名または押印があるときは、真正に成立したものと推定する」という記述があります。これは、本人による意思であると筆圧鑑定で証明できる署名と同等に、誰もが入手できるはんこを利用した押印でも推定が働くことを表しています。

また、最高裁で争われた昭和39年の判決では、この規定を拡大解釈し、本人または代理人の印鑑が押されていれば、本人の意思にもとづいて作成された文書であると推定されるとし、以後この判決(2段の推定と呼ばれている)が裁判所の判例となっています。つまり日本では、はんこが押されて印鑑が記録としてある文書は、本人の意思が反映された正式なものであると定義しているのです。

こういった条例や判例もあり、日本では紙と印影を使ったビジネスプロセスが主流を占めることになりました。また、事後修正可能(例えば日付欄は空欄など)であったり、本人に代わって意思を表すことができたり、電子的な記録として残らない紙を伴うことによる便利さも、根強くはんこ文化が残り続けている要因だと推定されます。

しかし、最近では日本の政府機関や各企業の紙で管理していた記録における改ざんや管理不備などの問題が、世間を賑わせています。紙ベースでのプロセスが、コンプライアンス面で大きなリスクを抱えていることが露見しており、長年信頼してきたはんこによるビジネスプロセスも見直すべき時期が来ていると捉えてよいのではないでしょうか。

現代におけるペーパレス化の追い風

こうしたはんこ文化が阻害となり、これまで日本においてペーパレス化が本格的に進むことはありませんでした。第1回目で述べた通り、e-文書法により紙での保管を義務付けていた法的制約は撤廃され、電子化への扉が大きく開かれたわけですが、まだまだ幾つかの条例においては、書面での交付や技術的にハードルの高い要件を課しているものがあり、すべての電子化は困難です。

事実、国税関係帳簿書類の電子化を定義している電子帳簿保存法は、企業間取引に関連する書類(受発注書、売買契約書など)が対象であり、企業としての電子化のメリットは非常に高いのですが、自社だけではなく取引先も高度な技術要件を満たす必要があったため、普及が進みませんでした。

しかし、平成28年の法改正で、電子化対象の拡大や、技術要件の緩和が起因して、各企業が取り組みやすい環境へと変化しつつあります。また、政府機関による、電子委任状法の施行や、法人設立時の印鑑の廃止の検討など、企業がペーパレス化を実現しやすい環境が徐々にではありますが、広がりつつあります。

さらに、紙ベースのプロセスが原因での社会問題を、ニュースで目にする機会も増えています。例えば、不正操作があったにも関わらず紙で処理しているため、その履歴を簡単に追跡することができず、問題発覚までに発生した取引に対する損害賠償や企業への信頼喪失などで、多大な損害を被ってしまうことがあります。

このような問題を解決するために、電子化・ペーパレス化を促進し、アナログ処理から可視化・監査追跡が可能なデジタル処理へ移行し、コンプライアンスリスクを軽減するような施策を検討・実装する企業も増えてきています。

つまり、急速な法的規制緩和に加え、企業の損失を未然に防ぐための施策として注目を集め、さらには付随してコスト削減も期待できるため、日本においてかつてないほどペーパレス化といった流れが受け入れられる土壌が整いつつあるのです。

最後に余談ですが、宅地建物取引業法や労働基準法など、日本のいくつかの法律では書類について「書面での交付」と記載され、紙以外は利用できない、と定めているものがあります。これらの法律について、各業界団体が規制緩和による電子化の許容を求め、政府機関への嘆願活動を実施しており、近い将来、法的規制が緩和されていくことが期待されています。


ドキュサイン・ジャパン ソリューション・エンジニアリング・ディレクター 佐野龍也
ドキュサイン(DocuSign)は、電子署名とペーパレスソリューションのプラットフォームです。ドキュサインを使うことで、時間や場所、デバイスに関係なく、クラウドで文書を送信、署名、追跡、保存を可能とし、セキュアな環境の下、業務のペーパレス化を実現します。ドキュサイン・ジャパンは、米DocuSignの日本法人です。