歓声に沸いたスペースXのスタッフ、曇った顔のマスク氏

スターシップが指令破壊された際、打ち上げを見守っていたスペースXのスタッフからは大きな歓声が上がった。マスク氏が事前に「もしかしたら成功、興奮は保証!」と語っていたそのとおりの反応だった。

ところが、当のマスク氏はやや困惑したような、曇った表情をしていた。

事前に「成功の確率は50%」と言っていたように、いかに楽観主義者のマスク氏といえども、今回の飛行試験が成功するとは思っていなかったのは事実だろう。ただ、成功確率を50%と見積もっていた背景には、たとえば「宇宙には到達できるもスターシップの大気圏再突入に失敗」というような、“ある程度はうまくいく”と考えていたことは否定できない。

しかし実際には、発射塔をクリアこそしたものの、離昇直後からラプターは数基が故障して停止し、最終的に8基ほどが止まった。スーパーヘビーからは爆発したような火柱が上がり、姿勢制御も失敗し、高度も39km止まりで宇宙空間にすら達せず、さらにスーパーヘビーとスターシップ宇宙船との分離もできなかった。完璧だったのは自動FTSが機能したことくらいだろう。

スペースXは2010年、初めて開発した大型ロケット「ファルコン9」の初打ち上げで成功しており、2018年にはそのファルコン9を3機束ねたような超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の初打ち上げにも成功している。こうした実績もあり、マスク氏はもう少しうまくいくと考えており、それが裏切られたことで表情がやや曇ったのかもしれない。

また、打ち上げ後には、発射台やその周辺が大きく損傷していることも確認されており、発射時の衝撃などの見積もり、発射施設・設備の設計が甘かった可能性も露呈した。修理や改修を行うためには、数か月単位の時間がかかるだろう。

それでも、明るい側面もあった。たとえばラプター・エンジンは、たしかに数基は止まったものの、大多数は動き続け、停止したエンジンも機体全体を巻き込むような爆発を起こすことはなかった。また、きりもみ状態に陥っても機体の構造が破壊されることもなく、堅牢性の高さを見せつけた。こうしたことは、もし実際に人を乗せて飛行した際に、同様のトラブルが起きても、スターシップの分離さえできれば搭乗員が助かる可能性があることを示している。

また、多くのロケットの打ち上げ失敗では、さまざまな事象が突発的、瞬間的に起きて、即座に機体が破壊され、手がかりがほとんど残らず、原因調査に時間がかかってしまうケースも多い。だが、今回の場合、スターシップの堅牢性の高さが幸いし、トラブルが起きてから最終的に指令破壊されるまでには数分間もの時間があり、多くのデータが地上へと送られた。スペースXにとってまさに値千金のデータであり、原因究明や改良に大いに役立つことは間違いないだろう。

  • 飛行中のスーパーヘビー

    飛行中のスーパーヘビー。複数のエンジンが止まっていることが、実際の映像からも、また左下のインジケーターからもわかる (C) SpaceX

  • 指令破壊後、複雑な表情を浮かべるマスク氏

    指令破壊後、複雑な表情を浮かべるマスク氏 (C) SpaceX

“成功した失敗(successful failure)”という希望

今回の飛行試験は、一言で言えば「打ち上げ失敗」であり、またその内容も、マスク氏を始め、多くの人々の期待をやや下回るものではあった。

もっとも、試験中に起きた多くの事柄は、実際に打ち上げてみなければわからなかったであろうことばかりであった。また、失敗と言っても、もう二度と立ち上がれないような“致命的な失敗”ではなく、単なる“技術的な失敗”であり、糧にしてさらなる開発、次の飛行試験、そして実運用へ生かすことができるものだった。言葉を変えれば、今回の飛行試験は“成功した失敗 (successful failure)”だったと言えよう。

しかし、これからスペースXには、データの分析、改良、さらに発射施設の改修など、やるべきことが山積している。それも、あまりうかうかはしていられない。とくにアルテミスIIIの実施は2025年に予定されており、それまでに人を乗せて宇宙飛行ができるくらいの完成度になっていなければならない。スペースX独自の計画ではなく、NASAをはじめ国際協力計画である以上、基本的に遅れは許されない。

マスク氏は今回の飛行試験後、「次の試験打ち上げは数か月後」という目標を示している。またかねてより、「数年で、完全かつ迅速に再使用できるようにしたい」、「人を乗せて打ち上げるためには100回の打ち上げ成功の実績が必要」とも語っており、開発や試験を加速させる必要があることを強調している。今回の飛行試験がその助けになることは間違いないが、スケジュールはきわめて逼迫している。短期間で完成度を高めるという矛盾した開発を進めることができるかどうかが今後の焦点となろう。

とはいえ、マスク氏が「興奮は保証!(excitement guaranteed!)」と予告していたとおり、そんな心配を一時的に吹き飛ばすくらいに大興奮の出来事だった。人類の火星移住を実現できるだけの能力をもったロケットが、ついに空を飛んだ。歴史に新たな一ページが刻まれたのである。

私たち人類は今日、火星に向けた一歩を踏み出した。そして、いつの日か、私たちの誰かが火星の大地を踏みしめるとき、誰もが今日の出来事を思い出すことだろう。

  • 火星に降り立ったスターシップの想像図

    火星に降り立ったスターシップの想像図 (C) SpaceX

参考文献

- SpaceX - Launches
Starship Flight Test - YouTube
SpaceX - Starship