米国の宇宙企業スペースXは2023年4月20日、新型ロケット「スターシップ/スーパーヘビー」の初の飛行試験を実施した。

人類の火星移住を実現するために開発された史上最大、最強のロケットは、見事に空へ舞い上がったものの、ロケットエンジンが徐々に停止し、姿勢が崩れ、そして最終的に宇宙空間に到達する前に自爆した。

宇宙にすら達せず凄惨な火の玉と化すという、ややほろ苦い結果に終わったものの、それはあらかじめ予期されていた、そして未来へと続く“成功した失敗”でもある。私たち人類は、火星に向けた一歩を確実に踏み出したのだ。

  • 宇宙へ向かって飛翔するスターシップ

    宇宙へ向かって飛翔するスターシップ (C) SpaceX

スターシップ

スターシップ(Starship)は、起業家のイーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXが、人類の火星移住を目指して開発中の宇宙船である。

全長は120m、直径は9mで、打ち上げ時の質量は5000tもあり、地球低軌道に150t以上の打ち上げ能力をもつ、人類史上最大・最強のロケットである。

機体は第1段の「スーパーヘビー(Super Heavy)」ブースターと、第2段のスターシップ宇宙船からなり、両者の総称としてもスターシップと呼ばれる。スーパーヘビーには、メタンと液体酸素を推進剤とする高性能ロケットエンジン「ラプター」を33基も装備する。またスターシップ宇宙船も、6基のラプターを装備するとともに、大気圏内を前例のない方法で飛行し、着陸する技術を採用している。

さらに、スーパーヘビーもスターシップも打ち上げ後に着陸して回収し、再使用できるようになっており、くわえてその仕組みも、発射塔に設置された巨大なアームで機体を捕まえるという前代未聞の技術を使う。ロケットの大きさだけでなく、あらゆる面で革新的かつ複雑なシステムになっている。

こうした技術により、抜本的な打ち上げコストの低減、打ち上げ頻度の向上が図られている、とくに打ち上げコストについては、マスク氏によると「打ち上げ1回あたり約100万ドルを目指す」とされ、もし実現すれば現行のロケットの約100分の1という破格の安さとなり宇宙輸送においてゲームチェンジャーとなる可能性を秘めている。

スペースXはスターシップを使い、人類の火星移住という究極の目標を実現のほか、人工衛星や宇宙飛行士の打ち上げにも活用することを目論む。

また、米国航空宇宙局(NASA)などが進める国際有人月探査計画「アルテミス」の月着陸船としても採用されており、早ければ2025年にも、「アルテミスIII」ミッションで2人の宇宙飛行士を乗せて、月へ着陸することになっている。さらに、実業家の前澤友作氏による月への飛行計画「dearMoon」もこのスターシップで行われることが予定されている。

スペースXはこれまで、テキサス州の南端、メキシコ国境に近いボカ・チカという村に「スターベース」という拠点を構え、スターシップの開発や試験に勤しんできた。スターシップ宇宙船は試作機によって、高度約10kmまで飛行して着陸する試験に成功しており、一方のスーパーヘビーは地上でのエンジンの燃焼試験を行ってきた。

そして満を持して、スーパーヘビーの試験機「ブースター7 (B7)」と、スターシップの試験機「シップ24 (S24)」を使い、両者を組み合わせた初の宇宙への飛行試験が行われることになった。

この飛行試験では、スターシップは地球を回る軌道に乗るか乗らないかというぎりぎりの速度で飛行し、地球をほぼ一周したのち、ハワイ沖の太平洋に着水する計画で、スーパーヘビーもスターシップも回収はされないことになっていた。

実のところ、この飛行試験の目的は、まずスーパーヘビーが無事に離昇できるかどうかにあった。スーパーヘビーに搭載されているエンジンは、それぞれ単体では燃焼試験を行っているものの、33基が揃った状態で、実際の飛行と同じ時間だけ燃焼させ続けたことはない。パワーが大きすぎ、地上設備が耐えられないためである。

スターシップが宇宙空間から大気圏への再突入に耐えられるかどうかも、試験をするには実際に宇宙へ打ち上げ、そして再突入させるほかない。

あまりに巨大で複雑なロケットであるがゆえに、実際に打ち上げてみなければわからないことが多すぎるのである。だからこそ、今回の飛行試験が行われることになったのである。

それもあって、マスク氏は打ち上げ前、「飛行試験が成功する確率は50%」、「Success maybe, excitement guaranteed!(もしかしたら成功、興奮は保証!)」と語っていた。

  • 打ち上げを待つスターシップ試験機

    打ち上げを待つスターシップ試験機 (C) SpaceX

  • 飛行するスターシップの想像図

    飛行するスターシップの想像図 (C) SpaceX

スターシップ初の飛行試験

日本時間4月20日22時33分(米中部標準時同日8時33分)、スーパーヘビーのエンジンが点火した。しかし、この時点で早くも1基か2基のエンジンが停止しており、そのためスターシップはゆっくりと、そしてやや傾いて離昇した。それでも、無事に発射塔をクリアし、徐々に高度と速度を上げていった。

だが、その数秒後には、エンジンの1基が爆発したように見え、離昇から15秒後の時点で3基のエンジンが停止した。さらに離昇から約40秒後には、もう1基のエンジンも停止した。

そして高度約8km、時速約850km で、ロケットは飛行中に最も負荷のかかる領域「マックスQ」を通過した。しかし、その後もエンジンは徐々に停止していき、ロケットの状態を示すテレメトリー上は6基、カメラの映像では8基のエンジンが停止しているように見えた。

スーパーヘビーは旅客機の片肺飛行のように、数基のエンジンが止まっても飛行を継続することが可能とされる。何基まで止まっても問題ないかは明らかになっていないが、6基や8基は明らかに多すぎた。

離昇から約2分後には、スーパーヘビーの下部から火柱が上がり、エンジンかもしくは油圧動力装置が発火していることが確認できた。いずれにしてもこの直後から、機体は回転をはじめ、さらに姿勢が大きく乱れ始めた。おそらくは複数のエンジンが停止し推力が非対称になったことで姿勢が乱れ、そして油圧動力装置が機能しなくなったことでそれを補正できなくなったためとみられる。

スターシップはその後、大きく回転したりふらついたりしながらも飛行を続け、離昇から約2分30秒後には時速約2000kmに到達するも、機体の姿勢が崩れたことで減速し、一方で慣性によって上昇は続け、離昇から約3分15秒後には高度39kmに到達した。

計画では離昇から2分52秒後に、スーパーヘビーからスターシップ宇宙船が分離されることになっていたが、分離はされなかった。

その後、両者は結合したまま降下を始め、そして離昇から約4分後、飛行経路から外れたことから、ロケットに搭載されている自動飛行停止システム (FTS:Flight Termination System)が起動した。これはいわゆる自爆システムで、火工品(火薬)を使ってタンクを割り、残っていた推進剤によって機体を破壊し処分する。

その結果、スターシップはメキシコ湾上で爆発、スペースXの用語で言うところの「急速な予定外の分解(rapid unscheduled disassembly)」によって巨大な火の玉となり、燃え残った破片が空から降り注いだ。スターベースの周辺などはあらかじめ立入禁止になっており、地上や海上への被害はなかった。

スペースXの解説者は「無事に発射塔をクリアできました。そのあとのことは、さらなる喜びです(Icing on the cake)です」と語った。

また打ち上げ後、スペースXは「今日、私たちは宇宙船と地上システムに関して膨大な知識を得ることができました。それらは今後のスターシップの飛行を改善するために役立つでしょう」とコメントした。

「成功は、今回のような試験を通じて学ぶことで得られるのです」。

  • 飛行するスターシップ

    飛行するスターシップ (C) SpaceX