6月23日付で日立製作所の執行役社長兼COO(Chief Operating Officer:最高執行責任者)に就任した小島啓二氏。

今回、日立をどのような会社にしたいのか、経営トップとして意思決定のスピードを高めるために大事にしていることや、研究者から経営者になるには何が必要なのかといった話を小島氏に伺う機会をいただいたので、その内容をお届けする。

  • 小島氏

    日立製作所 取締役 代表執行役 執行役社長兼 COO ライフ事業統括本部長兼ヘルスケア事業成長戦略本部長の小島啓二氏

小島氏の経歴

小島氏は1982年に京都大学 大学院理学研究科を修了後、1982年に日立製作所に入社し、中央研究所に配属された。1989年から1990年までは共同研究のためカーネギーメロン大学に派遣され、1996年から1999年まではアメリカの日立コンピュータプロダクツに出向している。

2005年には大阪大学 大学院博士課程情報科学を修了し、2008年に研究開発本部中央研究所長を経て、2011年に研究開発本部日立研究所の所長に就任。2014年には執行役常務 CTO兼研究開発グループ長に就任するなど、一貫して技術畑を歩んできた。

一方で、2016年に執行役専務 サービス&プラットフォームビジネスユニットCEOに就任、2018年には代表執行役 執行役副社長 社長補佐(ビルシステム、鉄道、生活・エコシステム、オートモーティブシステム)を担当しつつCISO(Chief Information Security Officer:最高情報セキュリティ責任者)に就任するなど、徐々に経営に携わるようになり、2021年4月に、代表執行役 執行役副社長 社長補佐(生活・エコシステム、ヘルスケア戦略担当)、CISO兼ライフ事業統括本部長兼ヘルスケア事業成長戦略本部長に就任。そして同年6月に社長兼COOへ就任することとなった。

日立を“レジリエントな会社”にしたい

社長就任が決定した後の会見の際に「日立のR&Dを改めて強化したい」と述べた意図について問われた小島氏は「自分のミッションは日立の成長をドライブしていくこと。成長するには、R&Dといった自分の力でイノベーションを興すことが大事だ」とその意図を説明する。

加えて「東原会長(前社長)が事業のポートフォリオの出し入れをして、成長の基盤ができた。成長するのは、研究開発を含めて自らの力で行うものと、買収によるものがある。両方引き続きやっていくが、ABBパワーグリッド(2020年に約7400憶円で買収を完了)やグローバルロジック(2021年3月に約9180憶円で買収を発表)のような大きな買収は予定していない。日立は基礎研究をはじめとした研究開発力を持っているが、それを引き上げないと次の成長につなげられない。R&Dという自分の力でイノベーションを起こすことが大事だと考えている」と、長年の研究開発の現場を通じて見てきたであろう思いを語ってくれた。

また、目標営業利益額を1兆円とした真意については、「日立は、リーマンショックの時に大きな赤字を負った。ひたすら回復に努めてきて、歴代社長の努力で耐性が強くなってきていると思う。しかし、現在コロナショックで営業利益が見込みからショートした。それを受けて、いろいろな逆境の中でも揺るがず、1兆円くらいの利益は出すというのが、自分が歴代社長から受け取ったバトンかなと思っている。地域的にもリスクヘッジができるくらいの多様性を持ち、事業的にも性格が異なるものを持つことで、1カ所がやられても、他の部分で補うという仕組みを作るなど十分なレジリエンスを構築して、最低でも1兆円くらいの利益を出すという会社にしたい。もっともっとレジリエントで強靭な会社にしたいという意味で営業利益額を1兆円とした」と、その想いを説明した。

そして、日立として解決していきたい社会課題については「環境、安全安心、レジリエンス」の3つのキーワードをあげた。環境の部分ではカーボンニュートラルへの取り組み、安心安全ではパンデミックにおけるヘルスケア領域での取り組み、レジリエンスでは災害への復旧など日立がもつ事業分野で社会に貢献していきたいとした。

  • 小島社長

    日立をレジリエントな会社にしたいと語る小島社長

Lumadaを10年後、20年後にどう成長させたいか?

小島氏といえば、同社のITとOTのシームレスな接続とデジタル技術を活用したトータルソリューション群「Lumada(ルマーダ)」を立ち上げたことでも知られる。

そのLumada事業の今後について小島氏は、「私はLumadaを大きく2つのフェーズで考えていた。フェーズ1はお客様のデータを上手く活用して、お客様の業務を革新しながら成長していくというものだったと思う。フェーズ1の国内展開は上手くいったように思う。フェーズ2は、2つやらなければいけない。1つは海外にも展開すること、もう1つは日立の製品事業でもっとLumadaを活用して大きくイノベーションを起こすというものだ。これから10年、20年後は我々の製品がLumadaやデータを使ってディストラクティブ(破壊的)なイノベーションを起こしているというのが思い描く姿だ」とLumadaの製品事業での適用による“破壊的なイノベーション”を起こしていきたいという構想を述べた。

意思決定のスピードを高めるために重要視することは「想いを共有すること」

また、新社長就任の発表会見では、経営における意思決定をスピードアップするために重視している「コミュニケーション」といった表現を同氏は使っていた。

それについて小島氏は、自身が行ってきた家電やヘルスケア、自動車部品の事業再編の経験を踏まえ、「(再編を任された際に)うまくいっていない理由を調べてみると、トップダウンで始まっても実際には多くの人が同じ想いで進めないとスピードが出ず、スピードがでないと進めていた話がどんどん弱くなっていき、最終的には現状が続くということが分かった。私が徹底してやったのは、現場で動く人たちと徹底してコミュニケーションを取ることだ。これが“事業のために1番大事なことなんだ”という想いを共有しないと前に進まない。日立ハイテクノロジーズ(現 日立ハイテク)を完全子会社するとき(2020年に完全子会社化)も、現場の人と議論を重ね、日立製作所の中に入ったときにどんな成長のイメージが持てるかを共有した。メンバーが“やるぞ”とならない限りは、結局スピードがでない。トップダウンで動くかというと特に日本の場合はそれでは動かないと思っている」とした。

  • 小島氏

    メンバーと同じ想いを共有するために徹底したコミュニケーションを心がけていたという小島氏

研究室の中だけでなく、外にも目を向けることで成長する

小島氏は経歴のとおり、入社後は中央研究者に配属となり、日立研究所の所長やCTO兼研究開発グループ長を務めてきた、研究や技術開発にルーツのある経営者だ。

技術出身の経営トップが増えてきている中で、技術者が経営トップを目指していくためにはどういうことをやっていかなくてはならないのか? といった質問について小島氏は、「技術が分かっているトップというのは自分もこれから増えていくと思っている。技術がどこかから買ってこれるという時代は終わると思っている。技術を自分の国の中で囲い込む傾向がどんどん増えて、どんどんグローバルに技術が調達できるという時代は終わろうとしていると感じる。そのため、技術を自分で開発できる能力や、技術のトレンドを分かって、投資を決めたりなどを把握した上で経営することがどうしても必要になると思っている。トップが必ずしも技術が分かってなければならないかといえば、そうではないと思うが、技術を分かっていると自信を持って進められると思っている」と世の中の流れと併せて説明した。

その中で、「技術を志して会社に入って、社長になるのは幸せかというと微妙なものがありますが(笑)でも、技術の中で何割かは経営もおもしろいなと思う層もでてくると思っている。そういうことに興味をもつためには、外に飛び出す“山っ気”が原点になると思う。私は、研究所にいた際にアメリカのスタートアップのオフィサーの一人として経営に携わっていたことがある。そうした経験をした際に、経営もジェットコースターみたいで面白いと思った。研究室の中だけでなく、外を見るということ大事だ。日立は成長しなくてはならない。成長しようと思った際に重要なことは、全従業員が成長しようと思うことだ。中をいくら見ていても成長はしない。私は技術者にもどんどん外に目を向けてほしいと思っている。そうするとその中の何人かは社長になる人が出てくると思っている」と述べ、外を見ることの重要さを強調していた。

なお、小島氏は何度も「日立をレジリエントな会社にしたい」、「日立は成長しなければならない」と熱く語ってくれた。成長のためには「全社員が成長したいと思うことが大事」だという小島氏。この想いを日立のすべての従業員が共有し、今後、どのようなネクストイノベーションをみせるのか期待が高まる。