マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、トポロジカル材料の一種であるテルル化スズについて、温度勾配のもとでの電子の挙動をシミュレーションした結果、同材料が有望な熱電変換材料になり得ることが示されたと報告した。材料の結晶粒サイズを適切に調節することによって、未調節の同材料に比べて、熱を電気に変換する性能が3倍に高まることが予想されるという。研究論文は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

  • ナノ構造化技術によって結晶粒サイズを最適に揃えることでテルル化スズなどのトポロジカル材料の熱電変換性能が高まる可能性があることがわかった(出所:MIT)

    ナノ構造化技術によって結晶粒サイズを最適に揃えることでテルル化スズなどのトポロジカル材料の熱電変換性能が高まる可能性があることがわかった(出所:MIT)

熱をエネルギーとして利用する方法として、タービンなどの可動装置を用いる以外に、可動部のない熱電変換材料を使う方法がある。ただし、熱電変換材料が実用化されているのは、石油パイプラインに取り付ける小型センサの電源、宇宙探査機のバックアップ用電池、小型冷蔵庫など、いまのところ比較的低電力の分野にとどまっている。

熱電変換材料では、材料中に温度勾配が存在すると高温側から低温側へと材料中の電子が移動することによって電流が生じる。温度差が大きければ大きいほど多くの電流が生じ、発生する電流量はその材料の電子輸送特性に依存して決まる。

これまでの研究によって、ある種のトポロジカル材料にナノ構造のパターンをもたせたときに効率の高い熱電変換材料になる現象が観察されていた。これはナノ構造化された材料中で熱伝導率が低下するためであると考えられてきたが、材料固有のトポロカジカルな性質と熱電変換性能の向上との間にどのような関係があるのかについてはよくわかっていなかった。

研究チームは今回この疑問を解くことを目指して、熱電変換効率の高いトポロジカル材料のひとつであるテルル化スズについて、その熱電変換性能を詳しく調べる研究を行った。テルル化スズ中での電子は、ディラック物質と呼ばれるある種のトポロジカル材料に類似した特有の挙動を見せることでも知られている。

テルル化スズの熱電変換性能に対するナノ構造化の影響を理解するため、材料中での電子移動のシミュレーションを行った。電子移動の特性を把握するためによく使われる測定量として、電子の平均自由行程がある。平均自由行程とは、材料中にある異物や欠陥などの散乱源にぶつかって電子が散乱するまでに進むことのできる距離の平均値である。

ナノ構造化された材料は微小な結晶のパッチワークのような状態になっており、それぞれの結晶を隔てている境界部は結晶粒界と呼ばれる。結晶粒界にぶつかった電子は、さまざまな方向に散乱する傾向を示す。平均自由行程の長い電子は、弾丸が壁に当たって跳ね返るように強く散乱すると考えられる。一方、平均自由行程の短い電子が結晶粒界で受ける影響は小さいと考えられる。

今回のシミュレーションでは、テルル化スズの電子特性が平均自由行程に大きく影響するという結果が示されたとする。具体的には、テルル化スズの電子のエネルギー分布範囲を平均自由行程に対してプロットしたところ、従来の半導体系の熱電変換材料とは大きく異なるグラフが得られたという。グラフからは、テルル化スズなどのトポロジカル材料では、高いエネルギーをもった電子ほど平均自由行程が短く、低エネルギーの電子のほうが平均自由行程が長くなることが示唆されている。

研究チームは、さまざまなエネルギーと平均自由行程をもつ電子の熱電変換への寄与を足し合わせることによって、テルル化スズの電子特性がその熱電変換性能にどのような影響を及ぼすかに注目した。その結果、温度勾配の下での電気伝導度が、電子のエネルギーに大きく依存して決まることがわかったとする。

特に注目すべき点は、低エネルギーの電子が、電圧差と電流に対して負の影響をもっていることが示されたことである。テルル化スズ中では低エネルギーの電子のほうが長い平均自由行程をもっており、高エネルギーの電子よりも結晶粒界によって散乱しやすいということになる。

研究チームはシミュレーションをさらに進め、温度勾配の下での電子の流れに対して、テルル化スズの個々の結晶粒のサイズが何らかの影響を及ぼすかどうかについても調べた。その結果、結晶粒の平均サイズが10nm程度まで下がって結晶粒界同士が接近する場合には、高エネルギーの電子の寄与が強まることがわかったとする。

すなわち結晶粒のサイズが小さくなると、低エネルギーの電子よりも高エネルギーの電子のほうが材料の電気伝導度に強く影響するようになる。高エネルギーの電子は短い平均自由行程をもち、結晶粒界において散乱しにくいためである。これは、結晶粒のサイズを小さくすることによって、より大きな電圧差が生じて、大きな電流が発生することを意味する。

研究チームによると、テルル化スズの結晶粒の平均サイズを10nm程度まで下げることで、結晶粒サイズが大きなときと比べて熱電変換の性能指数が約3倍になるという。これはシミュレーション上の結果ではあるが、研究チームは実際にナノ構造化技術によって結晶粒サイズを調節したテルル化スズおよび他のトポロジカル材料を合成し、シミュレーションに似た性能を実現しているという。

材料の結晶粒サイズを小さくすることで熱電変換性能が向上する可能性については、これまでに他の研究者からも示唆されてきたが、理想的な結晶粒サイズについては10nmよりもかなり大きいだろうという推測が多かったという。

今回の研究対象となったテルル化スズは数多くあるトポロジカル材料の中のひとつに過ぎないので、今後、他の材料についても理想的な結晶粒サイズを特定することができれば、トポロジカル材料が熱電変換用の有望な代替材料になる可能性があるとしている。