米国の宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏は12月20日、開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の実機の写真を初めて公開した。

運用中の「ファルコン9」ロケットを3機束ねたようなこのロケットは、現在運用されているロケットの中で最も強大な打ち上げ能力をもち、大型の人工衛星や月・惑星探査機などの打ち上げでの活躍が期待されている。

初飛行は2018年1月に予定されており、マスク氏が所有する電動スポーツカー「テスラ・ロードスター」を搭載し、火星軌道に向けて打ち上げる。

  • イーロン・マスク氏が公開した超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の実機

    イーロン・マスク氏が公開した超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の実機 (C) SpaceX/Elon Musk

超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」

ファルコン・ヘヴィ(Falcon Heavy)は、スペースXが開発中の超大型ロケットある。

打ち上げ能力は地球低軌道に最大63.8トン、静止トランスファー軌道には26.7トン、さらに火星へは16.8トンと強大な性能をもつ。ただしこれは機体をすべて使い捨てる打ち上げにおける数字であり、ブースターやコア機体を回収する場合、

現在運用中のロケットの中では、米国の「デルタIVヘヴィ」やロシアの「プロトンM」、中国の「長征五号」が、それぞれ低軌道に22トンほどの打ち上げ能力をもつが、ファルコン・ヘヴィの能力はその約3倍で、世界で最も強力なロケットになる。

ちなみに歴史を振り返ると、かつて人を月へ送った「サターンV」や、ロシアの「N-1」、「エネールギヤ」といったロケットは低軌道に約100トンの打ち上げ能力をもっており、これらと比べると約半分となる。ただ、これらのロケットが例外中の例題だったのであり、ファルコン・ヘヴィが世界トップクラスの超大型ロケットであることには違いない。

その強大な打ち上げ能力を実現するため、ファルコン・ヘヴィはファルコン9(Falcon 9)を3機束ねたような外見をしている。超大型ロケットを新しく開発するには、大きなリスクと開発費がかかる。そこでスペースXは、既存のロケットを合体させることで、それらを抑えようとした。

  • ファルコン・ヘヴィの下部。総勢27基ものロケットエンジンが特徴的

    ファルコン・ヘヴィの下部。総勢27基ものロケットエンジンが特徴的 (C) SpaceX/Elon Musk

ところが実際にはそううまくはいかず、マスク氏が「たんに3機のファルコン9を合体させるだけでは済まず、想像よりはるかに複雑でした」と漏らすほど、開発は難航。ファルコン9の機体をファルコン・ヘヴィに使うため、設計変更や構造の改修など、大きく手を加える必要があったという。

さらに当初2014年ごろに予定されていた初飛行の時期も、結果的に4年も遅れることになった。

現在のところ初打ち上げは2018年1月に予定されている。ただ、発射台に立てる試験や、コア機体とブースターを合わせて合計27基にもなるロケットエンジンを同時に点火、燃焼させる試験などはまだこれからであり、その結果によってはさらに遅れる可能性も十分にある。

また、マスク氏によると、ファルコン・ヘヴィほど巨大なロケットが飛行する際の挙動がどうなるか、実際に打ち上げてみないとわからないところがあることから、「ファルコン・ヘヴィの初飛行が失敗に終わる可能性も十分考えられます」と予告している。

この初打ち上げでは、性能確認用のダミー・ペイロード(重り)として、マスク氏が所有する電動スポーツカー「テスラ・ロードスター」が搭載され、地球と火星間のホーマン遷移軌道に向けて打ち上げられる。

  • ファルコン・ヘヴィの1号機に搭載される、マスク氏のテスラ・ロードスター

    ファルコン・ヘヴィの1号機に搭載される、マスク氏のテスラ・ロードスター。冗談のようだが本当に打ち上げられるようである (C) SpaceX

すでに商業打ち上げを受注、月への有人飛行も

ファルコン・ヘヴィはその強大な打ち上げ能力と、9000万ドルという比較的安価な打ち上げ価格をもって、ファルコン9などでは打ち上げられないような大型の静止衛星や、月・惑星探査機などの打ち上げに使うことが考えられている。

すでにこれまでに、サウジアラビアの衛星通信会社アラブサットと、米国の衛星通信会社ヴィアサットから静止通信衛星の打ち上げと受注している。

両社ともに6トンを超える大型の衛星の打ち上げを予定しており、これはファルコン9なら使い捨て形態でなければ打ち上げられないが、ファルコン・ヘヴィならコア機体とブースターをすべて回収する形態で十分に打ち上げが可能である。

また今年2月には、2018年の末に2人の民間人を乗せた「ドラゴン2」宇宙船を打ち上げ、月との往復飛行を行う計画を発表している。打ち上げられたドラゴンは「自由帰還軌道」に乗って飛行。約3日かけて月に近付き、月の裏側を通ってUターンし、そのまま地球に戻ってくるという。

その後現在まで続報はなく、月へ旅立つ2人の民間人の正体など、計画の詳細や現状は不明である。ただ、この2人の旅行者はすでに運賃の一部を手付金として支払っているとされ、また中止されたという情報もないことから、2018年末という時期はともかく、いつか実現する可能性はある。

  • ファルコン・ヘヴィの想像図

    ファルコン・ヘヴィの想像図 (C) SpaceX

ファルコン・ヘヴィの今後は

この他にも米空軍の衛星など、ファルコン・ヘヴィを使った打ち上げはいくつか予定されているが、そもそも大型の衛星はそれほど多くなく、ファルコン・ヘヴィの需要は少ない。

その需要の少なさを見越して、ファルコン・ヘヴィはファルコン9の機体をそのまま、あるいは簡単な改造で流用できるようにし、基本はファルコン9として運用し、発注があればどれかの機体をファルコン・ヘヴィにする、というコンセプトが計画されていたが、前述のように改修が必要になったことなどからそれが破綻したため、機体を共有することによる低コスト化や信頼性の向上はあまり見込めなくなった。

スペースXは今後、ファルコン・ヘヴィを打ち上げるごとにファルコン9の機体に改修を施すか、もしくはあらかじめ、ファルコン9にファルコン・ヘヴィにするための改修を施しておくかという選択をすることになろう。

しかし、前者の場合はファルコン9の性能劣化、高コスト化になり、後者はファルコン・ヘヴィの打ち上げ頻度の低下や高コスト化につながるため、どちらにしても当初ほどの目的の達成は難しいだろう。

また、ファルコン9やファルコン・ヘヴィの後継機となる巨大ロケット「BFR」の開発も進んでおり、早ければ2022年にも登場するとされる。

今後スペースXがファルコン・ヘヴィ、そしてファルコン9をどのように運用していくのかに注目される。

  • ファルコン9やファルコン・ヘヴィの後継機となる巨大ロケット「BFR」の想像図

    ファルコン9やファルコン・ヘヴィの後継機となる巨大ロケット「BFR」の想像図 (C) SpaceX

参考

Falcon Heavy | SpaceX
Launch Manifest | SpaceX
SpaceX Signs New Commercial Launch Contracts | SpaceX
SpaceX to Send Privately Crewed Dragon Spacecraft Beyond the Moon Next Year | SpaceX
Mars | SpaceX

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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