科学は科学であり、技術に従属しているものではない

――オートファジーの異常は、神経変性疾患やがんなどの疾患を引き起こすとされ、その治療や予防といったところへの応用が期待されており、今回の国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞の受賞につながったと思います。しかし、大隅先生は、一貫して基礎科学の部分を重要視されて研究を行われてきたような印象を受けます。昨今の日本においては、科学に対して短期的な成果を求められる風潮があるように思いますが、この点についてはどうお考えですか。

私自身は良い薬を創ったわけでもないし、直接的に社会貢献をしたわけではないので、こういうベーシックな研究を評価してくださり、賞をいただけたということは、とてもありがたいことだと思っています。

我々の時代は、国が基礎科学を支えるものだと信じてきたし、産学協同というのが良くないものだという雰囲気がずっとありました。しかし、社会がこれだけ疲弊してきたら、社会を空洞化させないためにも、企業がある程度サポートしましょうとか、社会がサイエンスを支えるんだ、という風潮になるべきなのですが、日本にはそういう文化がありません。

ノーベル賞も本来はそういう意味合いがあるのですが、最近では応用色が強くなってきています。もちろん、それ自体がけしからんというわけではないのですが、それが続いてしまうと、生物分野ではやはり医学応用に結びつかないといけないような雰囲気が出てきてしまい、非常に短絡的に考えるようになってしまいます。

――生物学をはじめ基礎科学分野においては、「役に立つ/立たない」の議論は盛んにされていますよね。

一方で、素粒子や天文学の研究などは応用面を問われることはあまりなく、二極化してきているように感じます。天文学は人類の憧れで、それなりに国家予算も使われています。天文学にはものすごくファンがいるじゃないですか。でも、生物学のファンはなかなかいない。すぐに、「これって何の役に立つんですか」と聞かれてしまう。

うちの学生も、母親に、「あんた何やってるの」「それが何の役に立つの」と言われているそうです。科学はすぐに役に立つものだという認識が、日本には定着しているのかもしれません。私はこのごろ、そういった質問に対しては「役に立ちません」と答えたほうが正しいのではないかと考えるようになりました。本来、科学は科学であって、技術に従属しているものではありません。研究によって人間の知の集積が少しでも上がったのであれば、それはそれとしてよい。役に立つというところでは測れないと思っています。研究の成果が数年で薬になるなどいう、短絡的な考え方はしないで欲しいな、と。そうでないと、基礎科学は成り立たないので。

近年では運営費交付金が削られて、研究費は自分で稼ぎなさいと言われるようになってきています。しかし、特に理学部などには、すぐに稼げるような研究は滅多にありません。私は今、そういうところにとても興味があり、大学にいるうちに何か役に立てないかと考えています。

日本では共同研究がやりにくい?

――昨今では、さまざまな分野の研究者が協力して研究を行う流れがあると思います。大隅先生も多くの方々と共同研究を行われていますよね。

幸いにも、オートファジーは多くの人に注目していただいたので、共同研究者にはとても恵まれています。やはり研究は全部一人でやれるものではないので、共同研究は非常に大切です。しかし、なぜか知らないけれど、日本ではなかなか難しいんですよね。海外のほうが進んでいます。それは、メンタリティの問題なのかもしれません。日本では、偉い先生にこんなことを頼むのはいかがなものかと、自己規制する文化があるんですよね。

研究費の仕組みの問題もありますが、ぜひやらせてくださいと言えば、たいていの研究室ではやらせてくれます。資源の活用という意味でも、研究の水準を上げるという意味でも、もっともっとオープンになればよいと考えています。日本では、オープンラボと言っても、部屋だけがオープンで、大事なところには鍵がかかっていたりします(笑)。本当の意味でのオープンラボは、日本にはあまりないですね。

――最後に、読者の方にメッセージをいただけますでしょうか。

若い研究者のみなさんには、ぜひ自分でおもしろいと思えることを見つけて欲しいです。おもしろくないことをやっていても仕方がありません。おもしろいことが見つかったら、「まぁ何とかなるさ」という精神でチャレンジしてみて欲しいなと思っています。

一方で、社会はそれをサポートするような体制を作っていかなければなりません。一度くらい失敗しても、またチャレンジできるシステムを作ってもらわないと、私がやっていた研究もそうですが、リスキーなことはなかなかできません。「若いうちに一流誌に掲載されないと先がないよ」と言われてしまうと、いくら研究がおもしろくても、サイエンスの世界に残ろうという気分になれません。国だけではなく、財団や民間企業にも協力していただいて、社会全体でサイエンスを支えているんだという意識を形成していくことが大切なのではないでしょうか。