誰もが電子回路を作れる時代へ

PARCOの「パルコアラ」などで知られるアートディレクターの小杉幸一氏が手がけた、光る紙飛行機「RED PAPER AIRPLANE OF SILVER NANOPARTICLE INK」

トレーシングペーパーを用いた照明「Box ligjt」

AgICの提唱する「プリンテッドエレクトロニクス」は、版を作って製造するのが主流であった電子回路を、極小の銀の粒子が含まれる「銀ナノインク」で必要な場所にインクジェット印刷することで電子回路を制作することができる技術だ。1点から大量生産まで、同じ手法で対応可能となっている。

作品の前に立つとポスターでありながら照明のように光る「SLICE OF LIGHT」。2015年のミラノサローネに出展された作品

今回の展示の全体ディレクションを手がけた博報堂のアートディレクター・岡室健氏。ディレクションのほか、「SLICE OF LIGHT」などの制作も手がけた

AgICの杉本氏は、印刷という広く用いられている手法を介することで、これまで電子回路と縁遠かった人々、たとえば今回の作品制作に関わったアートディレクターなどのクリエイターらが、電子回路を扱えるようになることが大きな変革に繋がると語る。

「今回の作品ではLEDだけを使っていますが、電子回路にはさまざまな種類のセンサー等を組み込むことができます。これから、今までの回路の使い方ではない方法がとられるその入り口に立っているところです。現代では電子回路(を使ったデバイス等)がないと生活できませんが、全人類のほんの数%の人が作ったものをみんなが使っていて、回路は"自分たちでは作れない"のが常識でした。ですが、その常識は今後変わってきます」(杉本氏)

実際、今回の作品制作に際して、電子回路向けの専用ソフトは用いておらず、アートディレクターやデザイナーらが通常の印刷物の制作と同様、Adobe Illustratorのデータを入稿して制作したという。一部、試作段階ではAgICの開発した銀ナノインクのペンでドローイングを行い、本制作に活かした。セメダインとAgICの共同研究で生まれた通電する接着剤の試作品も、これらの作品には使われている。

pop up light(アートディレクター・原野賢太郎氏)

Octopus(アートディレクター・関谷奈々氏)

「(銀ナノインクとの)相性が悪いと思われた種類の紙にもダメ元で印刷したことがあって、中には上手く回路が繋がった物もありました。インクジェット印刷によるプリンテッドエレクトロニクスは、トライアルが手軽にできるのが利点です。僕たちが取り組んでいるフレキシブル基板の開発で、ファインペーパーに電子回路を印刷しようとする人はいませんから、今回はすべて手探りで、3社が共同で開発していきました」(杉本氏)

竹尾の全面協力のもと、40~50種類のファインペーパーで銀ナノインクを用いた印刷を試作し、今回の作品を「開発」したとのこと。結果、ポリエステルを主体とした、銀の粒子が表面にとどまりやすい「ピーチコート」や、特殊なコーティングによるテクスチャに特徴のある「プライク」などが用いられている。

なお、「光れ!紙 銀ナノinkと紙のミライ 展」は8月26日まで開催中。開場時間は10:00~19:00、土日祝休み。入場無料。先端テクノロジーとクリエイティブの融合を目の当たりにできる展示となっているため、興味がわいた方は足を運んでみてほしい。