GoogleでWeb検索すると、結果リストの先頭に検索にかかった時間が表示される。今ではあまり意味のない数字になっているが、Googleが登場した時は、この1秒とかからない時間が衝撃だった。それまで検索は結果がしっかりしていたら十分であり、誰も検索にスピードなんて求めていなかった。でも、そうではなかった。

待たされることなく結果が表示されるから、次々に検索できる。だから面白いし、何でも検索してみたくなる。Googleの登場によって検索体験が一変した。Googleは結果表示にも優れていたが、もしGoogle検索のスピードがそれまでの検索サービスと変わらなかったら、あれほど急激な成長は遂げられなかっただろう。"ググる"を当たり前にしたのは、検索を使えるものに変えたスピードだった。

こんな昔話をするのは、Facebookが5月12日に発表した「Instant Articles」を使ってみて、初めてGoogle検索のスピードに驚いた時のことを思い出したからだ。

Instant Articlesは、モバイル向けコンテンツ・ホスティングサービスだ。新聞社やWebメディアがFacebookにコンテンツを提供し、Facebookが直接配信する。現段階でNew York Times、National Geographic、BuzzFeed、NBC News、The Atlantic、The Gardian、BBC Newsなどが参加している。

動画や写真を含むメディアリッチな記事をiPhoneでなめらかに楽しめる「Instant Articles」。ちなみに、Instant Articlesで広告を配信すると100%すべてメディアの収入になる。また、Facebookのモバイル広告ネットワーク「Audience Network」を使用することも可能

Instant Articlesに関しては、Facebookがネットワークとトラフィックを武器に新聞社やWebメディアを服従させているという報道が目立つ。たしかに、そうした見方もできるが、それではFacebookが新聞社やWebメディアと新たなパートナーシップを構築したというだけである。個人的に興味を引かれる話ではない。

でも、New York TimesやThe Atlantic、BBC Newsなど、錚々たるパートナーを集めている。だから、試してみた。そして納得した。別次元と言いたくなるくらいに、動作が速くてなめらかのだ。大きな画像やビデオがスムースに表示され、まるで雑誌のページをめくるように……いや、それ以上に快適に記事を読み進められる。

RSSリーダー「Feedly」も、iPhoneで快適に動作するが、記事本文全体を表示するとレンダリングに数秒待たなければならない。それは、これまで当たり前のことだったが、同じiPhoneでInstant Articlesを体験してしまうと、記事表示に数秒待たされるのが苦痛になる。それぐらいInstant Articlesの体験は異なる。

Facebookによると、Facebookでリンクされている最も重い種類のコンテンツはロードに平均8秒ほどかかる。それがInstant Articlesでは10分の1に短縮されるという。つまり約0.8秒である。

モバイルおいて1秒を切るスピードには大きな意味がある。モバイルユーザーは、情報が表示されるのを気長に待ったりしない。表示されなかったらサクっとあきらめる。TwinPrimeによると、ショッピングカートの処理が遅くなった場合、デスクトップの放棄率が70-75%であるのに対して、モバイルは97%だ。モバイルに最適化されていないサイトがまだまだ多く、レスポンスが悪かったらユーザーはすぐに見切りをつけてしまう。

つまり、価値のあるコンテンツを提供していても、モバイルユーザーが待ってくれる時間内に表示しないとモバイルユーザーにはリーチできない。宝の持ち腐れである。だから、Googleはモバイルで重要なコンテンツを読ませたければ、1秒未満でレンダリングを完了させることを推奨している。しかしながら、Fortune 100のWebサイトでも1秒未満を達成しているのは16%しかないのが現状である。

FacebookはHTTP/2のベースになったGoogleのSPDYの採用に積極的だった。WIREDの「With Instant Articles, Facebook show us what Paper was for」によると、FacebookはPaper向けに開発した「AsyncDisplayKit」をInstant Articlesに活用している。iPhoneのSoCに最適化したUIフレームワークである。しかし、それらだけではないだろう。それぐらいInstant Articlesのスピードは印象的であり、Facebookが配信を完全にコントロールすることで実現すると言われたら納得せざるを得ない。

Facebookにコンテンツを提供したら、同社がモバイルメディアプラットフォームとして君臨することになるかもしれない。そのリスクを承知でNew York TimesやThe Atlantic、BBC Newsなどが参加するぐらい、Instant Articlesは新たなモバイル体験を実現している。

Facebookにニュースサイトが滅ぼされかねないと見るアナリストやジャーナリストも多いが、個人的にはそううまくはいかないと考えている。Instant ArticlesはハードウエアとOSの組み合わせで作り上げられているiPhoneだから実現しているところがあり、これをWindows 10やAndroidにも広げられるのかはわからない。当然、ライバルもFacebookの独走を許しはしないだろう。

重要なのは、Instant Articlesが1秒未満の世界を私たちに体験させたことだ。これまで「モバイルだから…」とあきらめていたモバイルのスピードを私たちが意識するようになった。

1秒を切るGoogle検索が登場したことで、私たちは何でもWebで検索するようになった。次第に電話帳や事典、地図などを手にしなくなり、いつの間にかWeb検索が私たちの仕事や生活に欠かせない存在になっていた。Googleが登場した頃はたくさんの検索スタートアップが存在したが、Googleのスピードが基準になってから、遅い検索サービスが瞬く間に淘汰された。

人々がInstant Articlesを体験するということは、これから遅いモバイルが淘汰されることを意味する。もっさりしたモバイルが過去のものなり、その結果、情報やコンテンツにより便利にアクセスできるようになるだろう。これまで以上に、スマートフォンによって置き換えられるものも増えそうだ。そうした進化を経て、モバイルWebが本当に私たちの生活を変える存在になる。