先週の半導体業界は新会社Rapidus設立の話題でもちきりだった。政府補助金700億円はコロナ禍の経済への影響と円安による物価高騰の対策で、それでなくとも財政負担が増加する中で日本政府としてはかなり思い切った決断である。しかも、新会社への出資企業は日本を代表する大企業がずらりと並び、「何か大きなことが始まるのか?」という期待を持ってこれまでの報道記事を読んでみた。

しかし、その内容を確認して私は思わず「この道ははいつか来た道……」という名曲を思い浮かべてしまった。半導体という同じ業界で永年お世話になった日本人としてあまりネガティブに捉えるのは良くないとは思いつつ、日本国政府に税金を納めている一国民の身としてはその使い道について首をかしげたくなる気持ちにかられた。

日本での先端半導体ファウンドリ会社の設立の構想

発表された情報はかなり限られているので早計な判断は禁物だが、その発表内容は大きく分けて2点である。先端プロセスによる量産設計技術を備えたファウンドリ会社「Rapidus」と、先端デバイスの設計技術を研究する「LSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)」の設立である。

  • 2nm以降の半導体量産に向けた体制

    2nm以降の半導体量産に向け、生産拠点としてのRapidusと設計技術の研究開発を担当するLSTCの2つを立ち上げる (出所:経産省発表資料)

正直、「またか……」という感想を持った。その一番の理由はその発表の背景に経済産業省(経産省)の影を大きく感じたからだ。緊縮財政が叫ばれる昨今、政府補助金の700億円は業界外の人々はかなり思い切った額である印象を持つかもしれないが、半導体の最前線においてはその貧弱さが目立つ。米政府のCHIPS法が500億ドル(1ドル140円換算で7兆円。ただし、こちらは複数年にまたがる予算規模なので直接比較できないことに注意)と比較すると100分の1である。しかもトヨタ、ソニー、NTT、ソフトバンクといった日本を代表するブランドが出資企業としてずらりと名前を連ねるが、その出資額が各々10億円という内容を見て思わずため息をついてしまった。経産省の発表にある「10年の遅れを取り戻す」という謳い文句がその深刻さを物語っている。“日の丸半導体”という表現は最近は“失敗”の枕詞のような印象を持つので報道関係者もあまり使っていないようだが、今回の内容はまさにそれである。

半導体を取り巻く世界状況の変化

とはいうものの、昨今の半導体を取り巻く状況には下記のような大きな変化がある。

  • 一昨年から問題となった旺盛な半導体需要とその供給不足の状況は、現在ひとまず収まり、在庫調整時期になっているが、アプリケーションの急速な拡大は半導体市場の継続的拡大を明らかに示している。
  • 深刻な供給不足は国家にとって半導体が戦略的・経済安全保障上の重要性を持つことをあぶりだした。先進各国は半導体のサプライチェーンを確保すべく巨額の補助金の提供でこれに応えた。米中の覇権争いが加速化する中、その生産技術とキャパシティーの多くの部分を台湾に頼る現状と、その地政学的リスクは明らかな国家のリスクとして認識された。

確かに大々的に発表されて失敗に終わった過去のケースが置かれていた状況とはかなり違うことは確かで、国家プロジェクトが立ち上げられた状況は理解できるが、これまでの発表では下記のような重要な点について何の言及もない。

  • 2nmのプロセスを移植した大量生産体制を5年後に開始するという言うが、現在日本にはその顧客となるファブレスの半導体メーカーがほとんどいない。2nmプロセスを必要とする先端ロジック半導体であればPC、携帯電話、データセンターなどが最終アプリケーションとなるが、この分野でカスタマーとなるのはどこなのか?
  • ファウンドリビジネスで成功したビジネスケースがない日本において、TSMCやSamsungといった名だたるファウンドリの寡占状態にある市場で、独自の付加価値を生み出す技術を打ち立てる貴重な人材はどこから来るのか? 出資企業のトヨタ、ソニーやNTTが選ぶ半導体ソリューションは、自社がエンド市場で競争力を持つ事ができる優れたデバイスである。その要求にRapidusは応えられるのか?
  • 出資企業の出資額にも如何にもコミットメントが感じられない、各社10億円というのは政府主導の業界協議会への協賛金レベルのような印象がある。
  • TSMCの5nmプロセステストウェハ

    TSMCの5nmプロセステストウェハ。これが披露された段階で、併せてこのプロセスを活用した複数社のチップも紹介されており、誰がそのプロセスを使うのかが、はっきりと見て取れた (編集部撮影)

経産省主導のこれらのスキームは多くの部分を米国政府のCHIPS法やNSTCの設立などを参考にしていることは明らかだが、その実情は全く異なる。米政府の多額の補助金はIntelやTIなどすでに先端ファブ運営を行っているブランドがSIA(米国半導体協会)を通して政府に圧力をかけた形で成立した。それと比較すると“経産省肝入り”と言われる今回の発表には生々しいビジネス臭さが感じられないのである。

あくまでビジネスを見据えたビジョンが必要

半導体のサプライチェーンの強化をはかることは日本にとって非常に重要な課題ではある、しかし“日の丸半導体”の設立が主たる目的ではない。あくまでビジネスが目的であるはずだ。今後、詳細が明らかになると思われるが、具体的に何を作って誰がどれだけ買うかがはっきりしていないとビジネスは成立しない。今回の発表では肝心のビジネスプランについての言及が非常に少なかったのが大きな気がかりだ。政治的な状況を無視すれば世界最大の半導体市場である中国に目を向けるのが手っ取り早いが、それでは本末転倒になる。

すでに始まっているIntelやTSMCによる米国での新ファブ建設では、新工場運営に必須な高度な人材の確保に苦労していると聞く。日本にも伝統的に優れた半導体技術の人材は豊富で、最近の急激な円安の状況を考えると、高いスキルをもった技術人材のコスト力は増加しているが、問題なのはRapidusが現業7社と銀行1社の寄り合い所帯ということだ。私自身、AMDでの勤務の後に6年程度外資系の半導体ウェハメーカーで働き、日本各地に散らばる半導体デバイスの顧客を足繁く訪問したが、そこで一番印象に残っているのが寄り合い所帯の新会社の中でのまとまりのなさである。新会社の社員は出身企業のカルチャーや仕事の進め方を各々が強くひきずっていて、「新たな会社で新たなことをやるという」気概が感じられなかった。

実際にあった寄り合い会社A社での極端な例であるが、以前B社のものであったある拠点での会議は旧来のB社のフォーマットの資料、C社の拠点であったところは、同様にC社のもの、といったように、まったく違うフォーマットを用意しなければならなかったという思い出がある。会議資料のフォーマットでさえ各社各様の状況で、仕事の進め方も旧態依然としたやり方で行われていたのにはかなり驚いた。業界内での人の行き来がかなり自由で、盛んな人材の交流が業界のエネルギー源となっている米国の場合とは真逆である。

経産省肝入りの新会社が今後どういった戦略でビジネスに向かって進んでいくかは非常に興味深いが、重要なのはビジネスへの強いこだわりと、今後のRapidus(ラテン語で“速さ”の意味)の素早い経営判断である。

  • 2nm以降に向けた次世代半導体の研究開発プロジェクトのスケジュール

    2nm以降に向けた次世代半導体の研究開発プロジェクトのスケジュール。2nmプロセスであるため、従来のプレーナー型でも、現在の先端プロセスで用いられているFinFET型でもない、さらなる先端プロセス向けのGAA(Gate All Around)型のトランジスタを形成させる必要があり、まずはその技術を手に入れるところから必要となるが、そのためにはASMLからEUV露光装置を購入する必要がある (出所:経産省発表資料)