最近目立った半導体関連の報道に、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の自動運転車部門であるCruise Automationが独自のカスタム半導体を開発し、GMが2025年までに投入する予定の自動運転車に搭載される予定であるとの発表があった。

Cruise社はGMの傘下で自動運転用半導体を中心とするエコシステムを開発するベンチャーで、既に自動運転の頭脳となるAPUを始めとして、センサーからの情報を処理するチップなど4種類の半導体チップを開発済みであるという。尚、これらのチップの量産体制が整った時点で現在使用しているNVIDIAのチップを置き換える予定であるという。

今年の1月に開催された米国の展示会CESでは、農業用トラクターの大手企業である米Johndeer社が、自社開発の自律運転用半導体を搭載した新型トラクターモデルを発表した。この自社開発のソリューションはGPS、ステレオカメラ、各種センサーからの情報を瞬時に処理して、周辺の環境を認識して自律走行することを可能とするという。

この5年くらいで、ITプラットフォーマー大手ブランドで顕著になったカスタムチップ自社開発のトレンドは、他分野にも急速に拡大している模様である。AMD、Intel、NVIDIAなどの汎用チップブランドに対抗するように現れた新たな競合状況は半導体市場に今後どのような影響を与えるだろうか?

1.カスタムチップ開発が各カテゴリー分野で拡大する事情

長い歴史を持つ自動車やトラクターなどの垂直的なカテゴリ分野では熾烈な競争により統廃合が進み、その分野では大きなシェアを持つブランドだけが生き残った。こういった寡占ブランドがカスタムチップを自社開発する背景には次のような事情が考えられる。

  • 各社とも急速なデジタル化の影響を受け、かつては駆動部分のほんの一部のインテリジェンスを担っていた半導体部品は次第にシステム全体の機能の多くの部分を担うようになった。元々コンピューター用に開発された歴史を持つ半導体業界は、コンピューターの外側にあるこうした周辺分野での市場ニーズを取り込め切れていない。また、去年までの世界的な半導体供給不足は、各業界がサプライチェーンの重要部分で大きなリスクを抱える事実を露呈させる結果となった。
  • デジタル化で競争が激化する各業界では、細分化された多種多様なタスクを処理するには専用のカスタムチップが必要になる。ソフトウェアでの処理よりハードウェアによる処理の方がやはり速い。AIやセンサー技術が急激な発展を遂げる過程で、本格的な5G以降のリアルタイム時代を見据えて、各社はその分野での知見やデータを重要な資産として蓄積している。こうした結果集まったビッグデータを有効に、かつ効率的に活用するためには専用チップの自社開発が一番手っ取り早い方法である。この自社開発のチップと、大きなビッグデータ資産の組み合わせで、更なる差別化が可能となりその分野での競争力が増すことになる。
  • 半導体開発のEDA環境のツールは飛躍的な発展を遂げ、以前には半導体企業で開発に携わっていた優秀な設計エンジニアを集めることができれば、TSMCなどのファウンドリ会社が提供するスタンダードセルのライブラリー、各主要部分の最適レイアウトのノウハウからコンパイラー開発までの至れり尽くせりのサポートを利用できる環境が整っている。自社開発のチップをファウンドリに生産依頼すれば「半導体メーカーに無理を言って開発したチップがメーカー側のラインの都合で供給されない」などのサプライチェーンの問題を回避することができる。

こうした事情を考えれば、各カテゴリーの大手各社が独自半導体を開発することは当然の帰結と見えるが、そこには総体的な量(ボリューム)という大きな課題が立ちはだかる。半導体開発と製造は大きな初期コストがかかるので、予測された総体量を消費してやっとペイできるという問題だ。しかも、そのチップは常にアップグレードされなければならない。昨今の仮想通貨市場の乱高下で、マイニング専用チップを自社開発したいくつかの企業が財務的に大きな劣勢に立たされている事実は半導体開発のリスクをまざまざと示している。

  • カスタムチップの開発はメリットもあるがデメリットもある

    カスタムチップの開発はメリットもあるがデメリットもある

2.データセンター側の事情

こうした各カテゴリー分野(いわゆるエッジ側)の事情に先んじて、独自半導体チップに乗り出したのがGAFAMに代表されるデータセンターの巨大企業である。これらホスト側でのもっぱらの関心は機械学習、深層学習などのAI分野での性能である。x86ベースの最新CPUをベースとした高性能サーバーと高密度のメモリーを湯水のように消費するホスト側では、各サービス提供の向上に必要となる多種多様なタスクは急激に増加している、これらを高速処理する専用アクセラレーターチップの開発は、自社のサービス提供の差別化では戦略的な重要部分を占める。GoogleのTPUやAmazonのGraviton、AppleのM2/3など、表に出てきているだけでもこの分野での開発競争がかなり熾烈なものになってきている事が充分に察せられる。しかしこれらの独自開発チップは外販されない。あくまでも自社で大規模な経済圏を持つ企業だけが許される特権である。

3.汎用プロセッサーブランドの事情

こうした状況は一見してAMD、IntelやNVIDIAが代表する汎用プロセッサーブランドの脅威になると見る業界アナリストもいるようだが、実際にはそうではないかもしれない。私がそう思う理由は以下の通りである。

  • 今でさえ在庫調整期に入っている半導体市場であるが、中長期的の拡大は明らかで、市場全体が拡大するペースはこうしたカスタムチップの台頭を飲み込むほどの勢いがある。PCや携帯電話などエッジ側のインテリジェンスの価値はVRなどのアプリケーションが広く普及するまでは大きな変化はないが、データセンター側での処理速度への要求はメモリー需要と同じで、いくらあっても足りないという状態が継続される。
  • 現在の大手半導体ブランドは、過去のカスタムチップ乱立時代を生き残って来た猛者ばかりである。顧客からの“カスタマイズ”の要求はビジネス拡大の意味では大きな魅力だがそこには大きなリスクが潜んでいる。半導体ビジネスはボリュームが必須だという業界の経済学を身に染みて理解している。
  • AMDやIntelは高性能CPUに加えてカスタマイズに必要なFPGAなどの技術要素を取り込んでいるし、高性能GPUでAI市場における圧倒的な存在感を誇るNVIDIAはArmベースの汎用CPUを開発済みである。
  • AMDが買収したXilinxの5nm FPGA

    AMDやIntelは、CPUに加え、アクセラレータ的な活用が可能なFPGAなど、複数の半導体デバイスを有し、カスタマイズニーズにも柔軟に対応できる体制を構築している。写真はAMDが買収したXilinxの5nm FPGA (編集部撮影)

そんなことを考えていたら、偶然AMDのCEO、Lisa SuのロングインタビューのYouTubeを見る機会があった。このインタビューで、Lisaが「Google・AmazonなどのAMDの大手顧客達が独自のチップを開発するということは、顧客が競合になるということになりませんか?」、という質問に対し明確な回答をしたのが印象的だった。Lisaいわく「デジタル化が無限に広がる現在では、ビッグデータを扱う各社で多種多様なタスクに対応する解決法が出てくるのは当たり前です。重要なのは高性能コンピューティング分野で常にAMDの企業価値を広げることです。XilinxやPensandoの買収でAMDは高性能分野での顧客のカスタマイズ・ニーズを取り込む体制を整えています」、という完璧な答えであった。Lisaに座布団3枚!!