景気後退の予兆が世界経済を覆う中、半導体の市況が減速している。極端にタイト感があった昨年までの需給バランスが逆転した事は明らかだ。半導体各社は長期的な戦略に基づいた研究開発・設備投資を怠ってはいないが、目先の経済状況に対応するべく手を打ち始めた。歴史的に見て半導体市況は最終製品の生産活動に先んじて需給状況が反応するという特質があるため、景気の先を読む「温度計」などと言われる事もある。しかし今回のシリコンサイクルの下降傾向には、世界景気の影響に加えて半導体をめぐる米中の覇権争いという地政学的影響が大きく関係している。

シリコンサイクルの退潮と激化する米中関係が影を落とす各社の現況

各社の最近の状況は、従来であれば景気と技術革新という2つの要因でアップダウンのサイクルを繰り返す半導体市場が、米中の覇権争いという地政学的要因に大きく影響を受けていることを如実に語っている。今日の半導体各社の経営幹部は、シリコンサイクルと米中関係に起因する地政学的要因という複合的な条件を考慮しながら会社経営を推し進めなくてはならない厳しい状況にさらされている。

  • 複数の報道によると、Intelはパソコン市場の減速の影響を受けて売り上げが大きく落ちる予想で、当面の対策として人員削減を計画中、今月末に予定されている第3四半期の業績発表で全容を明らかにするだろうとの見方である。Armも本社がある英国内の従業員を約20%削減したとの報道もある。半導体デバイス市場は世界的な景気後退基調と、昨年まで逼迫していた供給問題が解消し在庫が増加に転じて各ブランドとも軒並み弱含みの様相である。
  • 米国政府は半導体の先端技術の対中輸出規制を大きく強化した。この影響はデバイスメーカーの対中輸出にブレーキを掛けるだけでなく、サプライチェーンの上流企業に対しても同様に及んでいる。製造装置大手のApplied Materialsが第3四半期の売り上げ予想を下方修正し、Lam ResearchやKLAは中国の半導体メーカーへの製造装置の納入や技術サポートを一時停止、中国在住の担当者たちの引き上げが始まった模様である。
  • パソコン市場の急減速の影響で売り上げを落ちると予想されるIntel

    パソコン市場の急減速の影響で売り上げが落ちると予想されるIntel

今まで上り調子だったシリコンサイクルの下落基調は明らかで、それに輪を掛けるように起こった米国政府による対中輸出規制は、米中の技術覇権競争が激化する中、さらに厳しいものになる予想で、半導体関連企業への影響は米国企業に限らない様相である。

中国が重要なファクターとなる現在の状況

中国にとって最重要の年次イベント「中国共産党大会」が開かれた。この大会の冒頭で党トップの習近平総書記は活動報告を行い、世界の半導体業界に大きな影響を与えるであろう2点について次のように述べた。

  • 1つの中国を目指す共産党は台湾統一を必ず実現する。このためには武力の行使も辞さない。
  • 引き続き中国は製造強国を目指し、核心技術の争奪戦に勝利する。この核心技術の中心をなしているのが半導体生産技術である。

この大きな目標はまだ未達であるが、米国ペロシ上院議員の台湾訪問の際の中国の反応を見ると、中国の本気度がさらに増していることは明らかである。

現在の中国の半導体自給率は25%前後にとどまる。かつては高らかに掲げていた国内半導体技術の増強で2025年までに70%の自給率を目指すという「中国製造2025」の実現は不可能となった。それとコントラストをなすように、世界の半導体業界で大きな存在感を示すTSMCを始めとする台湾ベースのファウンドリにおのずと注目が集まる。台湾政府は世界をリードするこの優秀な技術力を「シリコンの盾」として対中戦略の中心に据えている。台湾は1970年の後半くらいから、半導体を国家戦略の重要分野と認識し、台湾の半導体技術開発のメッカ新竹にはデバイスメーカーのみならずサプライチェーンの重要分野を担う企業が集中していて、さながらカリフォルニア州のシリコンバレーのように人材の交流が活発で、それが大きな相乗効果を生んでいる。

  • TSMCの5nmプロセス

    7nmや5nmなどの他社の追随を許さない先端プロセスはTSMCの売り上げの半分以上を占める規模にまで成長している

片や、一党独裁の中国は巨大IT企業にも様々な規制をかけている。一時急成長したAlibabaグループへの締め付けが象徴するように、習主席下の中国共産党は「共同富裕」を掲げ、一部の大企業の独り勝ちを許さない姿勢を鮮明にしている。独禁法が改正され、データやアルゴリズム、技術、資本の優位性、プラットフォームの利用者へのルールなどを濫用した独占には厳しい措置が取られることになった。こうした規制に加えて、ゼロコロナ政策により寸断された国内物流が停滞している。

本来、自由競争が拠り所となってイノベーションが起こる半導体の世界では、当局による「規制」は最も嫌われる事柄であるが、政治事情による地政学的な規制要因を孕んだ現在のシリコンサイクルの下降傾向は、今までの経験則では乗り切れない非常に難しい状況にある。