投票日まで一週間となった米大統領選が毎日の報道を賑わせている。我が国ではいつの間にか総理大臣が交代したが、世界の話題は何といっても米大統領選である。世界のダントツの覇権国アメリカ合衆国大統領が選出されるそのプロセスはかなり複雑で、外部からはわかりにくい点が多いが、世界で最大の権力を握る米大統領が誰になるのかは社会、経済、外交、そしてビジネスのどの分野の人間にとっても大きな関心事であることには変わりがない。半導体業界にとっても非常に大きな関心事である。

米中の技術覇権争いは米大統領選の結果と関係なく継続される

米中の技術覇権争いの激化は米大統領選と無関係ではない。中国の技術発展を国家安全保障上の脅威とする考え方は米国政府内ではかなり以前からあった。しかし、大統領選が近づくにつれ、5G基地局の世界的シェアを持つファーウェイを狙い撃ちにした米国の矢継ぎ早の攻勢は今や半導体サプライチェーンの川上である製造装置の輸出規制にまで発展し、半導体業界全体の問題になってきた。

中国は「中国製造2025」を国家的な目標として掲げ、国内の半導体製造能力を高めようと必死だが、その勢いも製造装置の輸出規制まで発展すると中国にとって大きな打撃となっていることは否めない。最近のトランプ、バイデン両候補の最終公開討論の一部をテレビのニュースで見たが、新型コロナウィルスを「中国ウイルス」と公言してはばからないトランプ米大統領は、大統領選がヒートアップするにしたがって、中国との技術覇権問題についてかなり性急な手を矢継ぎ早に繰り出したのは事実である。国内政治問題が外交問題と繋がるのは現在の米国だけでなく古今東西どの国にも起こりえる現象で、大統領選を控えて強面の大統領を演出したいトランプ氏の意図がありありと見える。

そこで甚だ唐突ではあるが私が愛してやまない東宝のゴジラ映画の1シーンを思い出した。

1962年公開の東宝映画「キングコング対ゴジラ」の一コマで、富士山麓で第一戦を交えた両雄が(ちなみに第一戦ではゴジラがキングコングを圧倒したが、気を失ったキングコングに落雷した結果コングは急速充電されて息を吹き返す)、熱海城を挟んで再度対決する映画中最もエキサイティングなシーンである。

実は、このシーンを思い出した時に私のイメージの中で対峙しているのは米大統領選の両候補ではなく、米国と中国の両大国である。

米中の覇権争いの中心にある台湾とTSMC

米中の覇権争いは考えうるすべての局面で起こっているが、半導体をめぐる技術覇権争いはその中で最も急激なものである。次期大統領がトランプ氏かバイデン氏かどちらになるかで米国の中国への対応は人権問題、台湾海峡をめぐる軍事的問題などで多少の変化は見られると予想されるが、5G時代を見据えた半導体を中心とする技術覇権問題は米国内では超党派の問題と認識されており、今後大きく変化するとは考えられない。

「キングコング対ゴジラ」の1シーンとして挙げた中で、2大怪獣が対峙する中間にある熱海城はまさに台湾であり、台湾の技術を代表する世界最大のファウンドリTSMCであるように見える。

ファーウェイへの半導体部品の輸出規制と、中国最大のファウンドリSMICへの先端製造装置の禁輸という先端半導体をターゲットとした米国の徹底攻勢により「中国製造2025」を必達の国家目標として掲げた習主席の野望は外堀が埋められてしまった印象がある。輸出規制が実効する前に買い集めた半導体部品もあと半年程度で底をつくという報道もある。ファーウェイはまさに「兵糧攻め」にあっている。

かたや、台湾の切り札となったTSMCも下記のような動きを見せている。

  • 最先端プロセス技術開発は加速している。7nmノードでの量産はそのボリュームを級数的に伸ばしていて、すでに開発が終わっている5nmの量産についてAMDやNVIDIAのような大手カスタマーとの交渉に入っている模様である。業績も突出して好調で7月発表の4-6月期の決算では約4400憶円の記録的な純利益を上げている。
  • 政治的な介入をも辞さない米国に対しては、台湾政府と足並みをそろえて米政府との駆け引きを展開している。その結果生まれた米国アリゾナ州での新工場の設置にかかる膨大な費用には米政府からの大きな支援が前提となっている。TSMCはこの大英断によって米政府からいろいろな分野にわたる優遇策が得られるものとみられる。
    • TSMCの5nmウェハ

      TSMCの5nmウェハ (編集部撮影)

米大統領選の行方と不気味な中国の動き

ここで気になるのは、世界が米大統領選に注目している間の中国の動きである。コロナ禍以後必ずしも好調とは言えない中国経済は習主席の大きな悩みの種となっている。

経済成長の減速で求心力を失いかねない習氏は、やはり外交をてこに国内の人心をまとめる動きをしている。最近テレビのニュースで知って驚いたのは、中国内では1950年に中国が大きく介在した朝鮮戦争の米国に対する“勝利”をアピールした映画が公開され、戦後生まれの中・若年層に大いに受けているという。映像メディアを利用して国民の団結をアピールする政治手法は今まで世界が経験した大戦で常套手段のように使われた手法である。台湾海峡のきな臭さは確実に上昇している。

もう一つの懸念は、大統領選中の台湾海峡における米国の安全保障上の手薄さである。今回の大統領選は結果がもつれる予想があり、もしバイデン氏が勝利してもトランプ氏がそうやすやすと大統領の座を新大統領に譲らないかもしれないなどという話も出ているほどである。結果がどう出るとしても、トランプ大統領の任期は少なくとも2021年の1月20日までは有効で、その間にお得意の唐突な大統領令を乱発する可能性は十分にある。

さて名作「キングコング対ゴジラ」の結末はどうなったかというと、最後に両雄はもつれながら熱海湾に落下し、その後コングが浮上して生まれ故郷のファロ島に去り行く後ろ姿で「終」の赤い文字が浮かび上がるが、その前に「ゴジラはどうなったのですか?」という主人公の質問に生物学の権威である重沢博士が「それはだれにもわからない」と答えるところで終わる。

米中の技術覇権争いの行方は誰にもわからないが、その真っただ中にある半導体業界は今後も2大国の駆け引きに翻弄され続けることになる。