2週間以上も前に米国有力紙にすっぱ抜かれたAMDによるXilinxの買収は、AMDの第3四半期の決算発表とともにようやく発表された。規模の大きい企業買収は、報道機関のすっぱ抜きにより頓挫する例もあるので、AMDのOBとしては多少やきもきさせられたが、蓋を開けてみればCEOのLisa Suは割とあっさりとこの大型買収を発表した。発表の内容については大原氏が非常に的確な記事を書いているので、そちらを参照していただきたい。ここではAMDのOBとしての私の雑感を述べてみたい。

50年の歴史でいくつかの大型買収を経て成長したAMD

シリコンバレーの独立系半導体企業としてのご多分に漏れず、AMDもいくつかの大きな企業買収を行って成長してきた。

私が経験した中でも大きなものは私がAMDに入社した翌年1987年のMMI(Monolithic Memories)、NexGen(1996年)とATI(2006年)の買収である。幸いなことに私自身は30年にわたる半導体業界での仕事人生で一度も買収される側になった経験がない(これはどちらかというと珍しいケースである)。私の当時の同僚の中には事業切り離しや買収によって「出戻った」人なども複数いる。AMDによるXilinxの買収によって、今回もこうした「出戻り組」は何人かいるであろう。しかし、このような事態はシリコンバレー企業では日常茶飯事で「また出戻って来てしまいました……」などと“あっけらかんと”新しい状況にすぐに適合するか、発表の前後から群がってくるヘッドハンターからの紹介を頼りに他の仕事先を探せばいいだけの話である。

興味深いことに最初の大型買収のMMI社の主力製品はPAL(Programmable Array Logic)というもので、これは今回AMDが買収したXilinxが手掛けるFPGA(Field Programmble Gate Array)の原型となったものである。しかし、PALはあくまでもハードワイヤー(結線を物理的に断線させることにより所望のロジックを構成する)型で、SRAMベースの現在の高集積FPGAとは比較にならないほど原始的であったが、当時パソコン基板を自社で設計製造していた日本のパソコンメーカーからは大いに重宝された。なぜかというと、ハードウェアでがちがちにデザインされたパソコン基板にも必ずバグがあって、バグの解消をファームウェアで吸収しきれない場合に小規模なロジックチップをかませて解消する場合が多かったからだ。

生産開始時期が迫ってもバグが解消されず、小規模なロジックチップであるPALを基板に押し込むという力業で何とか間に合わせる場合などで、何度も突然の大量注文が入ったのを覚えている。しかしAMDはMMIの技術を本流のビジネスに取り込むことができずに、結局分離することになりVantis社ができたが、この会社はのちに解消、Xilinxにはこの流れで移行した人々が多数いる。その当時、将来FPGAがこれほどの価値を持つと予見していた人は殆んどいないと思う。

2番目の大型買収であったNexGenはK5プロセッサーの失敗で瀕死の状態にあったAMDをK6で見事に蘇らせる原動力となった。現在のAMDのx86市場での宿敵Intelに対する善戦はこのNexGenの買収とK6の登場なしには語れない。もっともNexGenの買収発表時には、「AMDのCEOサンダースは業績悪化のプレッシャーで頭がおかしくなった」などと、その反応は散々だった。そして最後の大型買収がカナダのGPUの雄ATI社の買収である。ご存じのようにATIのグラフィック技術は現在のAMDがNVIDIAに対抗するための大きな武器になっている。これも現在のAMDの成功を決定づけた大きな意味のある買収であったと思う。こうした歴史的なイベントは多くの場合かなり後になってその意味が証明される場合が多い。

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    著者所蔵のAMDとATIのロゴをあしらったキーホルダー

半導体企業の買収成功のカギはタイミングと企業文化の融合

私は半導体業界における企業買収の例を数多く見てきたが、その成功のカギを握るのは買収の目的を的確にとらえたタイミングと、買収後の両企業の文化の融合をいかにうまい具合に醸成させていくかであると思っている。AMDによるATIの買収はかなり高額であったので買収発表時の業界からの評価は決していいものではなかった。しかし、今から振り返れば非常に理にかなった、しかもタイムリーなものであった決定であったと思われる。

事実上は企業買収であったがAMD社内の組織統合チームは決して「買収」という言葉を使わずに「Merger(合併)」と呼び、「OGT:One Great Team(一つの偉大なチーム)」という標語のもとに両社の従業員に共通のモティベーションを持たせることに大変に気を使っていた。

今回のAMDのXilinx買収の発表後のコメントでは両社のCEOであるLisa SuとVictor Pengがしきりに「両社の企業文化の親和性」を強調していたのは印象的であった。

目的とタイミングについてはいろいろ意見が分かれるところであるが、エッジノード側とデータセンター側にインテリジェンスが集中する中、IoTを通してますます市場が拡大する半導体市場でデータセンターにぴたりと照準を合わせた戦略はかなり当たっているのではないかと思う。今後の成功の条件を担っているのはCEOを始めとするマネジメントのリーダーシップである。2社の統合で大きな付加価値が生まれるかが今後の見どころである。

賛否両論のXilinx買収と今後の行方

350憶ドルに達した大型買収に対する市場の反応は下記のように様々である。

ポジティブ組

  • データセンターの要求に汎用CPUとGPUで対応するには限界が来ている。多様化するデータセンターの効率化の要求にはFPGAによるアクセラレーターでの対応は非常に有効で、大手顧客を素早く取り込むためには必須である。その点で、今回のAMD・Xilinxの組み合わせは理想的。
  • 財務的に非常に健全なXilinxの買収によってAMDの財務体質も大きく改善されるので買収効果は短期的にも期待できる。両社の統合により売上総額は飛躍的に大きくなり、将来のさらなる成長に必要な経済規模の恩恵が生まれる。
  • 両社の持っているカスタマー/アプリケーションベースは重複することがなく、非常に補完的(上記の記事で大原氏が「筋のよい買収」と言及しているように)であり、AMDにとっては今まで入り込めなかった、テレコム/ネットワーク、自動運転、医療分野、といった将来の成長市場への切符を手にすることができる。

ネガティブ組

  • データセンターの重要性はわかるが買収コストが高すぎる。将来的に高額の買収コストに見合うだけの付加価値の創造は非常に難しい。
  • AMDはIntelを相手にx86市場で現在大きな成功を収めている。しかしIntelは必ず巻き返しに来るはずなので買収完了までの統合期間18か月はAMDの選択と集中の戦略がぼやけてしまい危険な時期と言える。先行してAlteraの買収でFPGAを取り込んだIntelは相乗効果を生み出せていない(これには“見事に相乗効果が出ている”とする反対の意見もある)、AMDが同じことをやって成功するとは考えられない。
  • 米中の熾烈な技術覇権競争で半導体の世界市場の見通しはかなり不透明。この状況での大型買収には大きなリスクが伴う。
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    AMDのLisa Su CEO (出所:AMD Webサイト)

賛否両論もっともな指摘であると思われるが、何せ半導体は、言葉は悪いが「博打の世界」である。何はともあれ、買収はすでに発表され両社にはこれから各国独禁当局の承認、組織の統合、買収後の新たなロードマップの作製と大きな仕事が山積している。Lisa SuのリーダーシップのもとにXilinxチームとタッグを組むAMDが今後どのような動きを見せるのかはAMDのOBである私だけでなく業界全体が見守る大イベントである。