先日、約5年ぶりに、ニュージャージー州ムーアズタウンにあるロッキード・マーティン社ロータリー&ミッション・システムズ部門の事業所を訪れる機会をいただいた。今回は、そこで得られた情報を基にして書いてみる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
AN/SPY-7(V)とミサイル発射器が主役
今回の訪問の主眼は、2つあった。
まず、海上自衛隊向けイージス・システム搭載艦(ASEV : Aegis System-Equipped Vessel)が搭載するAN/SPY-7(V)1レーダーと、そのバリエーションモデル。後者はすなわち、スペイン海軍のボニファス級ことF-110型に搭載するAN/SPY-7(V)2、それとカナダ海軍のリバー級ことCSC(Canadian Surface Combatant)に搭載するAN/SPY-7(V)3である。
これらは元をたどると、米ミサイル防衛局(MDA : Missile Defense Agency)がアラスカ州のクリアー宇宙軍施設で設置作業を進めているLRDR(Long-Range Discrimination Radar)であり、いずれも同じキー・コンポーネントを共用している。
それは、窒化ガリウム(GaN)パワー半導体を用いるアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーのビルディング・ブロックであるところの「サブアレイ・スイート」のこと。送受信モジュール16個と、それを制御するための機能や電源が、ひとつの箱に組み込まれている。
もう一つがミサイル発射器製品、すなわちMk.41垂直発射システム(VLS : Vertical Launch System)と、Mk.70 PDS(Payload Delivery System)。Mk.41については、過去に第438回・439回で取り上げたことがある。今回は、以前に記事で書いた製品の現物を間近で目にする機会となった。
一方、Mk.70 PDSは初出だが、これは別の機会を設けるとして、まずはイージスとレーダーの話に的を絞りたい。
アーキテクチャの変化
イージス武器システムの世代を示す言葉として「ベースライン」(BL)があるという話は以前にも書いているし、読者の皆さんは先刻ご承知のことと思う。BLの数字が上がるにつれて、使用するコンピュータ・ハードウェアが変わったり、集中処理から分散処理に変わったりしている。
ただ、それらは表面的な話。実は、システムそのもののアーキテクチャが、初期の頃と現在ではガラリと変わっている。
初期のイージス武器システムは、いってみればモノリシックなシステムである。少数の大型コンピュータに処理を集中して、指揮決定システム(C&D : Command and Decision)や武器管制システム(WCS : Weapon Control System)といった機能を実現している。AN/SPY-1レーダーを制御する機能も、イージス武器システムの一部となっている。
つまり、C&DとWCSとAN/SPY-1レーダーはワンセットである。いわゆる「イージス艦」を建造したければ、この三者をワンセットにして導入するしかなかった。全体がひと固まりになっているから、その一部だけを手直ししたり、更新したりするのは難しいし、実施するとしても手間と経費がかかる。
そこで、「イージスのオープン・アーキテクチャ化」という話が出てきた。コンピュータについてはハードウェアとソフトウェアを分離して、別個に取り換えが効くようにする。差異が生じた場合にはミドルウェアで吸収する。連接する各種の武器などは、アダプティブ・レイヤーとバウンダリ・コンポーネントという「仲介役」を間に入れて、差異を吸収させる。
レーダーの独立化で得られる利点
その次に来たのが、レーダーの独立化。
第407回でも触れたように、RTX社レイセオン部門製のAN/SPY-6(V)1 AMDR(Air and Missile Defense Radar)をイージス武器システムと組み合わせる際に、レーダー制御機能をレーダー側に移した。C&Dはレーダーからトラック・データを受け取るだけである。
この関係性は、ロッキード・マーティン製のAN/SPY-7(V)シリーズを使う場合にも変わらない。やはりレーダー制御機能はレーダー側が持っていて、C&Dはそこからトラック・データを受け取るだけである。
すると何が変わるのか。
AN/SPY-1はイージス専用のレーダーだった。しかし、AN/SPY-7(V)もAN/SPY-6(V)も、イージス以外のシステムと組み合わせること「も」できる。イージスによって制御されるレーダーではなく、スタンドアロンでレーダーとして機能できるからだ。
逆に、イージスに組み合わせるレーダーの選択肢を増やすことにもなっている。実際、日本でそういう話になったように、「AN/SPY-7(V)1とAN/SPY-6(V)1のどちらを載せようか」という議論ができる。最初からイージス武器システムとAN/SPY-1レーダーがワンセットでは、そもそも議論が成立しない。
そこで我が国は、ASEVで、イージス武器システムにAN/SPY-7(V)1を組み合わせることにした。
「イージス専用」ではない新型レーダー
そして、これらのレーダーは「イージス専用」ではないから、他のシステムと組み合わせてもよい。
実際、米海軍はフォード級空母の2番艦「ジョン F.ケネディ」(CVN-79)以降にAN/SPY-6(V)3を載せるが、もちろんこれは「イージス空母」ではない。レーダーが組む相手は、ロッキード・マーティン製の自衛用指揮管制システム・SSDS(Ship Self Defense System)である。
そのSSDSはプログラム・コードの一部をイージス武器システムと共用しており、CSL(Common Source Library)による一括管理の恩恵に浴している。
なんともややこしい話だが、ハードウェアもソフトウェアも機能ごとに細かく「部品」に分割して、自由に組み合わせられるようにする。そういう方向に進んできているわけである。
さて。AN/SPY-7(V)のスペイン向けとカナダ向けについては、関連する話題がいろいろあるので、そちらの話は次回に詳しく取り上げる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。