元グーグル社長の批判の批判

ネット通販世界最王手の「アマゾン」を「ブラック企業」とする記事が、ニューヨークタイムズに掲載され話題を集めました。創業者でCEOのジェフ・ベゾス氏はこれに猛反論。

しかし、常に向上を求めよという精神論はともかく、それを規則化し社員に復唱させているとのことで、なるほど、黒い匂いはほのかに感じます。宗教における「帰依」にも近い自己啓発とは、国内において「ブラック」と噂の高い各企業に通じるからです。

これに対し、元グーグル日本法人代表である辻野 晃一郎氏はある週刊誌で疑問を呈します。

イジメや過度な強制は問題としながらも、往々にして悪口を言うのは、ドロップアウトした社員であり、その鵜呑みはフェアではないという主張です。これには一理あります。

急成長した企業には、人間に例えれば「成長痛」のような軋轢が生まれ、その痛みに耐えられなかったものにとっては「ブラック企業」となるということです。そして急成長を続けようと求める限り、成長痛が止むことはありません。

ただ、成長を求めるが故の辻野氏が語るような「ブラック企業」は健全中の健全。考えさせられる事例を紹介しましょう。

ベンチャー経営者の走り

後に「バブル経済」と呼ばれる時代の前夜、F社長は「青年実業家」の走りとして、ファンシーグッズの企画製造で起業しました。

いかんせんセンスがなく、増える在庫に反比例して貯蓄が減り続けるなか、レンタルレコードのフランチャイズに参加します。これが起死回生の大当たり。成功のポイントは、F社長のセンスが不要だったことでしょうか。

さらにフランチャイズ仲間には同年代が多く、彼らと共に、レンタルビデオやカラオケボックス、宅配ピザと、当時においての最先端ビジネスへ参入していきます。

そしてどの事業でも、競合相手が増えるか、大手が参入しはじめると撤退しました。新しく手がけるビジネスの売上が、常に前の事業を上回っていたからです。

だから、事業を育てる方法を知りません。また、「人材」を育てる必要もありませんでした。

最先端のビジネスを手がけると、労せずして人を集めることができるのは、いつの時代も若者は新しいものに目が奪われるからであり、そのなかには一定数の優秀な人材が含まれているものです。

若者の特徴

さらに若者の多くは、低賃金で雇え、体力的にも無理がききます。

また、アルバイトの大半は、社会経験に乏しく、超過、過重勤務の違法性に無頓着ですし、理不尽に気づけば辞めていくだけです。

真面目で利口なアルバイトほど「自分が辞めれば会社は困る」と抗議の意志表示で退職しますが、アルバイトの一人や二人が辞めた程度で、機能が停止する会社などありません。

むしろ、うるさいスタッフがいなくなれば、職場のブラック化はより進めやすくなります。

余談ながら、やはり「ブラック」と噂されるファッション系企業が、「働きやすい職場」と銘打った最近の新聞の全面広告では、笑顔の女性が「週休3日、40時間労働からOK!」と叫んでいましたが、毎日2時間残業を「当然」としているならば「定時」とはいったい何なのでしょうか。

正社員は、より過酷です。F社長は、これまでの成功を自分の実力と信じて疑わず、経営判断の間違いや、トレンドの読み誤りによる業績不振でも、常に社員に責任を求めます。

執拗に問いつめた末に、精神を病み失踪した社員は数知れません。問いつめられても答えようがありません。すべてF社長が決定を下しているのですから。

落日の青年実業家

時代の波はF社長とて逃がしはしません。数年前の「M&A」ブームにより事業を急拡大し、アルバイトと正社員を合わせて100人を超える大所帯になりました。そこにケチがついたのか、買収した企業の不振が明らかになります。

いわば「ババ抜き」のババを引いたのです。F社長はこれまでと同じ選択をします。事業を閉鎖し、すべての人員をリストラしたのです。リストラにはプロパーの社員まで含まれますが、「事業の不振は社員のせい」というF社長の経営理念に基づいた判断なのでしょう。

一般常識で考えれば、F社長のようなやり方は、「人」として恥ずかしくてできません。しかし、それができる理由を、20数年理不尽に耐え忍び、F社長を支え続け、この度、リストラされた古参社員は川柳にまとめます。

「金を持ち 名誉を望まず 老い先なく 友も家族も 亡き世の我が身」

「現金」は潤沢に持っており生活には困らない。身勝手な性格により家族に嫌われ、成人した子供から絶縁状を叩きつけられており、かつてのフランチャイズ仲間はみな鬼籍に入り、名誉欲などそもそも持っていません。

仮に、超過勤務の手当について、元従業員らに裁判を起こされ敗訴しても、元々の給料が安いため、いつでも現金で支払える余裕があるF社長。ブラックの批判など、気にする理由すらない「ブラック企業0.2」です。

F社長に比べれば、成長を続けるために、批判を無視できない「ブラック企業」など可愛いもの、ではないでしょうか。なお、ブラックな労働実態を「労働基準監督署」などへ申し立てても、与えられるアドバイスは「辞めろ」です。

訴えが認められても、その手の企業は「復讐」に走るので、従業員側の人生における"得"はありません。これは私が直接受けたアドバイスです。「ブラック企業」と騒がれるのはある意味"大企業"という証かもしれません。

エンタープライズ1.0への箴言


最悪なのは成長痛ではない「ブラック企業」

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」