エンブレムとは何か

2020年に開催予定の東京五輪エンブレムに「パクリ疑惑」が持ち上がっています。ベルギーにある劇場のロゴ(マーク)にそっくりとして、デザイナーがエンブレムのアートディレクターである佐野 研二郎氏を提訴したのです。

佐野氏はサントリーのトートバックでも盗作が指摘され、こちらはパクリを認め謝罪しました。

だからといって、東京五輪エンブレムも同様にパクリであると断じることは留保します。円や直線(長方形)を組み合わせた幾何学模様は、似通ってしまうものだからです。

批判すべきは、デザインそのものです。「エンブレム」とは抽象概念をヴィジュアル化するもので、その図案だけで意図や意味を伝えなければなりません。

佐野氏は、アルファベットの「T」をシンボル化したと説明しますが、「テネシー州(Tennessee)」も「所沢(Tokorozawa)」も「T」。アルファベットだけで「東京」を表現とは強引です。

また、右上の赤丸が日の丸を意味するならば「日本の首都=東京」という解釈も成り立ちますが、佐野氏は「選手の鼓動」と説明。そもそも論で「エンブレム0.2」に思えてならないのです。せいぜいベルギーと同じく「ロゴ」。

ただし、ロゴとしても充分ではなく、さらに「パラリンピック」に首をひねりますが、これについては後ほど。

オリンピックの馬脚

仮にデザインがパクリだとして、それを証明するのはデザイナーの自白しかなく、本当に「偶然」だとすれば、この立証は「悪魔の証明」となります。騒動を収束できる登場人物は、佐野氏のデザインを採用した大会組織委員会だけ。しかし、彼らのリアクションは、

「世界中の商標権を照合して確認している」

と発表しただけです。

商標権とは独占的に商売に利用できる権利で、デザインの独自性を保護するのは「著作権」です。著作権はチラシの裏の落書きにも発生します。著作権は「ベルヌ条約」の締結国間で相互に保護され、ベルギーも日本も署名している……というむずかしい話は脇に置いておきましょう。しかしながら、組織委員会がまず確認し、言い訳としたのが「商売の権利」だったというところに、彼らがもっとも「何を大切にしているのか」が現れています。

かねてより指摘されてきたことを自らの行動で証明してしまったのです。オリンピックが掲げる「アマチュアイズム0.2」という告白、なにより「商売」が大切なようです。

佐野研二郎氏のデザインの問題を指摘する前に、とある写真館の若社長の事例を紹介します。

憧れがこうじて違法行為

今やスマホの性能はいわゆる"コンデジ"を凌駕し、ネット上で簡単に発注できるデジタル写真館の成長により、街の「写真館」は青息吐息です。

ただ、筆者の周辺では「構図」「ピント」「ライティング」といった写真の基本テクニックにおいて、昔ながらの「写真館」に軍配を挙げるユーザーは多く、わざわざ「撮り直し」したケースもありました。この写真館も、そんな写真にこだわるお客に支えられています。

先代はまだまだ元気ながらも、30代の若社長が現場を切り盛りするようになりました。代替わりをきっかけに、店名の「ロゴ」を一新します。

それまでのロゴは漢字をもじったものでしたが、佐野研二朗氏ばりにアルファベットに置き換え、さらに若社長が敬愛するミュージシャンのロゴに似せ、端的に言って「パクリ」ます。

それをホームページはもちろん、各種封筒にも刷り込み、著作権と商標権を侵害していました。ことなきを得たのは、説明する言葉を持たなかった「ロゴ0.2」だったからです。

常連さんは、新しい「ロゴ」に目を留めると、若社長に図案の説明を求めます。アルファベットは説明できても「パクリ」とはさすがに言えません。いつしか説明することに疲れ、静かにもとのロゴに戻します。

上から目線のパラリンピック

先に述べたように、幾何学模様のデザインで、圧倒的な独自性を発揮することは困難です。そこで重要となるのがデザインの「背景(ロジック)」です。直線に込めた意味、曲線に託した思いこそが、独自性の根拠となるのです。若社長はもちろん、佐野氏の「ロゴ」もこれが充分ではありません。

繰り返しになりますが「丹波(Tamba)」でも「田端(Tabata)」でも、「東京(Tokyo)」と同じ「T」。独自性を見つけるのは困難で、赤丸も日の丸ではありません。

中心にある「黒」の長方形を、欲望にまみれた大都会のビルをイメージしているというのなら、そのシニカルな視点に微苦笑を禁じ得ませんが、もちろんそんな説明はありません。

左隅と右隅に置かれた金と銀が、それぞれメダルを意味するならば、銅メダルの選手の立場がないというより、「参加することに意義がある」と述べたクーベルタン男爵が泉下で涙することでしょう。

つまり、納得できるだけのロジックが不足している「ロゴ0.2」なのです。

何より「パラリンピック」のロゴに首をひねります。佐野氏の説明は「平等をイメージした"=(イコール)"を縦にした」とあります。縦にした時点で「上下」でしょう。あるいは「壁」。それがビジュアルによる表現です。

また、両者のロゴを並べると「健常者との対比」に見えます。それは「T」バージョンの白と黒を「反転」しただけのデザインだからです。デザイナーの意図とはいいませんが、お披露目の時から抱えている違和感というか不快感です。

エンタープライズ1.0への箴言


論理的裏付け(ロジック)はロゴの要諦

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」