山下は、加賀だけではなく、女性社員に対する行動計画についても佐々木と具体的に話し合える段階に入った。

さっそく、女性社員に対して佐々木が今後どのような行動をとればいいのかについて話を進めていった。女性に対してのパワハラは男性に対してのパワハラとは少し異なって、セクハラの性質が混じることがよくあるので、山下はそれについても適宜指摘しながらコーチングするように留意している。たとえば、佐々木が使っていた「女の子」「おしゃればかりする」「若い子」などの言葉は、相手を尊重するというより相手を下に見るトーンがあることを佐々木に伝える必要がある。

山下: 佐々木さんは、この女性社員にこれからどのように接していこうと考えていらっしゃるのですか? 今の女性の態度をお聞きしていると、とても近づき難いように思えるのですが…

佐々木: そうなんですよ。吉田君が私を避けていますからね。あ、彼女の名前は吉田というんです。視線も合わせようとしない状態ですから。正直、具体的にどのようにアプローチすべきかわからないんですよ。

山下: 私の方から、ご提案を出していいですか?

佐々木: よろしくお願いします。昔風のやり方しかしらないので、今風の何かいい方法があれば、助かります。

山下: 昔風のやり方も素晴らしいところがたくさんあるのですが、今の若い方々には通じない場合があるのも事実ですね。吉田さんの場合には、お聴きしていて、さっそく今日会社に戻られてからでも行動に移せるものとして、ご提案できることは、次のようなことのように思います。

女性の部下であるなしに関係なく丁寧な言葉つかいをする

吉田さんとの間に信頼関係が築かれていないのに、年下の子供に話すような話し方は相手の気持ちを逆撫ですることにつながるので、お互いを尊重している丁寧な言葉を使うことが大事です。

「女の子」「若い子」などは使わない

次に、吉田さんだけではなく、女性に対して、「女の子」とか「若い子」とかいう言い方は、本人をプロの社員としてみていないように聞こえがちですから、「女性」と言う言葉を使われるほうがいいと思います。佐々木さんはそんなつもりで言っていないと思われても、最近の女性社員はこのような言葉に敏感になっていますので、気をつけられるほうがいいと思います。

佐々木: 突然に丁寧語を使うというのは、何となく気恥ずかしいですね。でも、やってみます。そうですか…「女の子」というのは親しげなトーンがあっていいと思っていたんですが、女性のほうからすると、男性社員より下に見られているというように感じるかもしれないんですね。言葉ひとつにしても、ややこしい世の中になりましたね。

山下: そうですね。親しみのある言い方でいいと思っていても、先ほども申し上げましたように、信頼関係が築かれていない場合は、年下の方でも、部下でも丁寧語を使われるのが無難ですね。

佐々木が案外素直に山下の提案を受け入れたのは、山下がまず、提案をしていいかどうかを佐々木に断ってから提案を出したからである。コーチなのだから、提案をするのにいちいち断る必要はないと思いがちであるが、大人を相手にしたこのようなパワハラのコーチングの場合、提案をするときは必ず相手の許可をとってからやるというステップが大切である。このステップを入れるかどうかで、相手の受け入れの心境が大きく変わるからだ。

山下: そうしますと、吉田さんに対する具体的な行動計画もできあがったようですね。佐々木さんが他の部下にも加賀さんに対してやることを実行してみるとおっしゃっていただいたお陰です。前向きに取り組んでくださり、ありがとうございました。

佐々木は、このように山下に礼を言われて、なぜ自分が礼を言われるのかピンとこなかったが、悪い気分ではなかった。自分がやろうとしていることがいい方向にいっていることは確かであるように感じた。

山下は、この段階で、今までの佐々木との話を整理して確認することにした。

山下: 加賀さんとのことも含めて今までの話し合いの結果をまとめますと次のようになりますが、いかがでしょうか?

  1. 加賀さんにもっと話しかけるようにし、加賀さんの様子を知るようにする
  2. 人前で大声で怒鳴ることはやめる
  3. 相手に自分の気持ちをきっちりと伝える
  4. 吉田さんに丁寧語で話をする
  5. 「女の子」というような言い方はやめるようにする
  6. 上記のことは、加賀さん、吉田さんだけではなく、他の部下の方々にもやるように努める

佐々木: そうですね。これでいいと思います。さっそく、今日から行動に移してみます。

山下: 部下全員に対してすぐに行動に移すといっても、最初はなかなか難しいこともあると思いますので、まず加賀さん、吉田さんに対して意識してやり始めたらどうでしょうか? そのうちに、他の部下の方々へも知らぬうちに行動として出てくると思います。

このようにして、山下は、「パワハラに対してどう対応するか」という具体的な佐々木の行動計画を引き出し、今回のセッションを終えた。

「女の子」「おばさん」「若い子」 - 名前ではなく、こういうふうに女性を呼んでいるとしたら、その行為は十分にパワハラ&セクハラである。あなたは大丈夫!?

(イラスト ナバタメ・カズタカ)