2022年6月、イスラエルのファブレス半導体メーカーであるValens Semiconductorは、MIPI A-PHY規格に準拠したSerDes(シリアライザ+デシリアライザ)チップセットVA7000シリーズのエンジニアリングサンプル出荷を発表していた。このほど、MIPI A-PHY規格の包括的なエコシステムが出来つつあることを、同社CEOのGideon Ben-Zvi氏(図1)が明らかにした。

  • Valens Semiconductor社のGideon Ben-Zvi CEO

    図1 Valens Semiconductor社のGideon Ben-Zvi CEO(右)とバレンズジャパンの井口慎太郎ジェネラルマネジャー(左)

MIPI A-PHY規格は、車載用の新しい高速通信インタフェースである。これからのADAS(先進ドライバー支援システム)や自動運転などに向いた画像+音声データ(AVデータ)を数~数十Gbpsという高速で、しかもノイズに影響されにくく、最大100mという長距離を誤りなく伝送できる。ノイズに厳しいクルマ環境に向いた規格だ。

MIPI(Mobile Industry Processor Interface)規格は、もともと携帯電話のカメラとアプリケーションプロセッサ(APU)や、APUと液晶ディスプレイ間の高速インタフェースとして使われてきた。AVインタフェース規格として欠かせない存在だったからだ。これをMIPI AllianceのA-PHYワーキンググループが開発、車載用の長距離SerDesとして標準化した。

一方クルマ用途では、昔からあるCANやLIN、FlexRayなど、ワイパーやパワーウィンドウなどボディ系のデータ通信インタフェースなどは遅くてもよい規格が多かった。しかし、ADASや自動運転となるとカメラやレーダー、LiDARなどの視覚的なデバイスの高速伝送が欠かせなくなると、高速性は必須だ。ADASに加え、最近のあおり運転対策ではビデオだけではなく音声も同時に再生できなければならない。車載向けといっても軽自動車から大型トラックまである。大型トラックでは、バックモニターシステムを構成しようとすれば配線は10mを超えてしまい、厳しいノイズ環境にさらされてしまう。この伝送損失をカバーするためには、中継器を入れる必要があった。

こういった厳しい環境でも高速性を維持し、シグナルインテグリティ(信号の忠実性)も可能にする技術がValens Semiconductor社のVA7000シリーズだ。様々な特性をレーダーチャートで表現すると図2のようになる。つまり、最大可能なデータレートは64Gbpsにもなり、最小のレイテンシ(遅延)は2μsと極めて短い。そして伝送距離はチップ仕様にもよるが最大100mもある。

  • 図2 データレートやレイテンシ、伝送距離など高性能なチップセット

    図2 データレートやレイテンシ、伝送距離など高性能なチップセット (資料提供:Valens Semiconductor)

同社の車載向け高速インタフェース技術では、MIPI A-PHY規格以前の製品VA6000シリーズ(USB2.0と1GbpsのEthernet、オーディオ、シリアルコントローラを集積したチップ)ではすでに採用実績がある。ContinentalやBosch、Harmanなどのティア1サプライヤーとパートナーシップを築き、Mercedes-Benz社のSクラスやCクラス、Eクラスに搭載されているとBen-Zvi CEOは語っている。配線には同軸ではなく、シールドしないより対線(unshielded twisted pair)を使い軽量化を図っている。

また、Stoneridge社のトラックにも採用されている。この第1世代の車載向けSerDesチップでは最大40mの距離でも性能が保証されているため、トラックのリアカメラ画像を運転席のディスプレイから見ることができる。

こういった技術を可能にするのが、同社の持つDSPとアナログフロントエンドとを一体化したプロセッサ回路だという。従来のSerDesでは、劣化する波形の部分をあらかじめ強調しておく、プリエンファシスやイコライザというアナログ技術が使われることが多かったが、従来技術では高速伝送波形を保証しきれないという。

Valens社の技術は、アナログ回路でパケットごとに波形をチェックしエラーを検出する。エラーが検出されるとDSP(デジタル信号処理プロセッサ)で波形の歪を補正するという。伝送ライン全体に渡ってパケットごとにチェックしエラーを検出したら、波形を打ち消し合うようにDSPで補正する。そのスピードが16Gbpsと極めて速いという。

ValensのVA7000チップセットでは、8Gbpsのシリアライザ/デシリアライザ、2レーンの16Gbpsのシリアライザ/デシリアライザという4種類のチップを販売している。

昨年のエンジニアリングサンプル出荷のリリースから現在に至るまで、包括的なMIPI A-PHYエコシステムが着実に出来つつある(図3)。例えばソニーセミコンダクタソリューションズのようなCMOSイメージセンサメーカーでは、相互運用性(インターオペラビリティ)試験が終了しており、IntelのようなファウンドリメーカーはA-PHY回路を集積できる技術を開発している。Mobileye社はEyeQ5フラットフォームにA-PHYサポートを追加した。

  • 図3 着実に拡大しつつあるMIPI A-PHYエコシステム

    図3 着実に拡大しつつあるMIPI A-PHYエコシステム (資料提供:Valens Semiconductor)

日本でも日本ケミコンではA-PHYカメラモジュールを開発しており、住友電気工業はハーネスシステムをA-PHYチャンネル要件に適合させる予定である。また、Autosarの日本版であるJasParではA-PHYチップセットのEMC機能を検証したとしている。

Valensのウェブサイトによると、MIPI A-PHY規格を備えた8~15MP(Mega Pixels)のカメラモジュールをSony、Samsung、Omnivision、onsemiが開発中だとしている。