これまでは、機体と、そこで使われている機器・構造材・部品など中心に取り上げてきた。これらはもちろん、サプライチェーンを構成する重要な要素だが、機体だけで飛べるものでもない。地上側でもいろいろの資材・機材が必要である。とはいえ、「空港で働くクルマ」の類まで話を拡げると脱線の度が過ぎる。
そこで今回は、航空機の周辺で必要とされる工具類や支援機材の話を。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
F-35で使う100万円の工具セット
海上自衛隊が保有している護衛艦の多くはヘリコプターを搭載している。すると当然ながらヘリ発着甲板に加えて格納庫があり、そこは機体を保管するだけでなく、整備点検も実施する場ともなる。そこでは、さまざまな工具が必要になるので、格納庫の一角には工具箱も置かれているのが通例。
海上自衛隊のヘリコプターに限ったことではないが、この航空機整備用工具の分野でなじみのメーカーが「スナップオン」だ。飛行機の整備に用いる工具ともなると、求められる水準も高い。だから、そこらのホームセンターで売っているものを適当に買ってきて済ませるというわけにはいかない。
米国防総省の契約情報を調べてみると、IDSCホールディングス(IDSC Holdings LLC)という親会社があり、その下にスナップオン・インダストリアル(Snap-on Industrial)という会社がぶら下がっている。所在地はウィスコンシン州のケノーシャだ。
そのスナップオンはF-35用の工具も手掛けているが、2021年5月の契約情報で「F-35で使用するツール類1,410種類のセット・1,360セットを888万2,217ドルで」という案件があった。単純に割り算すると、ワンセットで6,531ドル、$1=150JPYなら979,650円という計算になる。F-35で使用する工具がワンセットで約100万円……というわけだ。
コンピュータをコンピュータで検査する
メカニカルな制御から電子制御に主流が移ってきたのは、なにも航空機だけの話ではない。ともあれ、電子制御が用いられるようになれば、機上にはさまざまな制御用コンピュータが載ることになる。すると、それらのコンピュータが正常に機能しているかどうかを確認する作業も必要になる。
それを人間が手作業でやっていたのでは、手間がかかる上に見落としも生じかねない。そこで、「電子機器を検査する装置」が出現した。その結果、「コンピュータの動作を検査するためのコンピュータ」が出現する仕儀となった。
そのデンで行くと、今度は「コンピュータの動作を検査するためのコンピュータの動作を制御するためのコンピュータ」が出現して無限ループになりそうだが、さすがにそんなコントみたいなことにはなっていない。
米海軍では、航空機搭載用電子機器の試験用として1990年から、AN/USM-636(V) CASS(Consolidated Automated Support System)を導入した。名称を逐語訳すると「統合化した自動化支援システム」となろうか。そのCASSには、ハイブリッド、RF(Radio Frequency)、ハイパワー、CNI(Communications/Navigation/Interrogation、通信・航法・誰何)、電子光学(EO : Electro-Optical)と、5種類の機材があったそうだ。
実はこのCASSの現物を見られる場所がある。アメリカはメリーランド州の南部・レキシントンパーク。パタクセントリバー海軍航空基地のゲート前にある、パタクセントリバー海軍航空博物館だ。ここに「AN/USM-636A(V)1」と書かれた銘板が付いた機器がドカンと置かれている。他にもいろいろと見所が多い施設なので、うっかりしていると見落としてしまいそうではあるが。
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パタクセントリバー海軍航空博物館に展示されている、AN/USM-636A(V)1 CASSの現物。これを展示しようと思った人がいるというのがすごい。それを展示品として提供した米海軍もすごいが 撮影:井上孝司
CASSの後継、eCASS(electronic CASS)開発へ
そして2010年代に入ってから、そのCASSの後継となるeCASS(electronic CASS)の導入計画が本格化した。担当メーカーはロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズ部門、つまりイージス戦闘システムと同じ部門だ。
eCASSは、昨年にも量産契約の発注があったから、今も製造が続いていることになる。対応機種としては、AV-8BハリアーII、C-2グレイハウンド、E-2C/Dホークアイ、EA-6Bプラウラー、EA-18Gグラウラー、F/A-18A/B/C/Dホーネット、F/A-18E/Fスーパーホーネット、MH-60Rオーシャンホーク、MH-60Sナイトホーク、T-45ゴスホーク、V-22オスプレイといった機体の名前が挙げられている。
工具類だけでなく、こうした搭載機器の試験機材もそろわなければ、飛行機を安全に飛ばすことはできないし、任務を果たすこともできない。そして、機体に加えて工具類や試験機材の調達費用もかかるのだから、飛行機というのはなんともおカネがかかる乗り物である。
そしてもちろん、こうした工具類や試験機材を手掛けるメーカーがあって、それがまた「航空機産業」の一翼を構成している。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。