今年は今回で最後。読者の皆さんの中にも、年末年始には飛行機で帰省や旅行という方がいらっしゃることと思う。そこで、ヒマネタ(?)を一つ。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
「窓からの景色」?
最近、普通席も含めてすべての席に個人用画面を備える旅客機が増えてきている。そうした機体の中には、個人用画面で、映画を見たりゲームをプレイしたりするほかに、できることがある。第41回でも軽く触れている話だが、今回はもうちょっと掘り下げてみる。
それが、「窓からの景色」。といっても、外部カメラの映像を表示するものではなくて、前下方の地図と主な街の名前に重畳する形で、飛行諸元を表示するものだ。
あくまで「乗客を退屈させないために」との目的で用意しているものだから、操縦者に向けての情報提供とは目的が違う。だから、HUD(Head Up Display)の表示とまったく同じではない。とはいえ、それに近い気分は味わえる。機体の針路、対気速度、高度などの情報が常に表示されるから、自分が乗っている機体が現在、どんな状況なのかを知る一助にはなる。
筆者が過去に経験したところでは、この仕掛けが付いている機体として以下のものがあった。
- アメリカン航空のボーイング787-8
- 日本航空のA350-900
- 日本航空の787-8国内線仕様機
- 全日空のA321neo
このうちアメリカン航空のものについては、第41回でも取り上げたことがある。後で写真を出す日本航空のものと画面の作りがよく似ているので、同じメーカーの製品かもしれない。
現物を見てみよう
それでは、実機の写真を交えて、個人用画面について見て行こう。
日本航空のA350-900
以下の写真は、日本航空のA350-900で見られるもの。787-8国内線仕様機も同じつくりだったと記憶している。
画面中央には水平の線が左右に通っており、その左側には対気速度がノット単位で、右側には高度がフィート単位で表示されている。一般向けとしては、フィートもノットもなじみが薄い単位だから不親切に見えるかもしれないが、飛行機の業界はフィート単位とノット単位で動いているのだから、こちらの方がリアリティがあって良い。
もちろん、地上で駐機している段階では対気速度はゼロだし、高度は飛行場の標高(に近い数字)が出ている。例えば、羽田空港なら高度はほとんどゼロに近い。そして、加速すれば対気速度の数字が増えるし、上昇すれば高度の数字が増える。減速あるいは降下すれば逆になる。
また、画面の中央下部に針路(HDG : Heading)の表示がある。もちろん、旋回して進路が変われば、この数字が変わる。単位は「度」だから、これは分かりやすい。もちろん、地上のタキシングでも、あるいは飛行中でも、機体の向きが変われば数字が変わる。離着陸時の経路の関係で、一時的に目的地と違う方向を向くこともあるが、そういう状況もこれで分かる。
この、日本航空の機体で面白いのは、対気速度に加えて対地速度も表示すること。画面左下隅にある「GSPD」がそれで、これはGround Speedの意。ここの数字と、その上にある対気速度の数字が食い違っていれば、追い風あるいは向かい風の影響があるのだと分かる。客席にいながらにして、だ。
右下の「VS」は昇降計(の数字)。これは第41回でも書いたように、Vertical Speedのこと。水平飛行中ならゼロだが、上昇中ならプラスの、下降中ならマイナスの数字が出る。すると、自機が上昇しているのか、降下しているのかも、自席にいながらにして分かる。(その上の高度計を見ても良いわけだが)
さらに、中央より少し後方の普通席、つまり主翼より少し後ろあたりで窓側席を取れば、操縦翼面の動きがよく見える。それと、個人用画面に現れる飛行諸元を見比べていたら、退屈など吹き飛んでしまうかも知れない。
全日空のA321neoの個人用画面
先日、全日空のA321neoに乗ったら、この機体の個人用画面にも同様の表示があった。それがこちら。
こちらは対地速度は出ないようだが、速度をノット単位、km/h単位、mph単位の3パターンで表示できるようにしているのは素人向き。対地速度や昇降計の表示はないが、後者は高度計の数値の変化でも代用できる。
画面中央下部に針路(HDG)が表示されるのはこちらも同じだが、その上にある表示は日本航空の機体にはないもので、機首の上げ下げが分かるようになっている。もっとも旅客機は戦闘機と違うから、そんな大きな機首の上げ下げはしないのが普通だが。
操縦している気分だけでも
実のところ、自機がどの辺を飛んでいるかを知るのであれば、素直に「フライトマップ」を表示する方が分かりやすい。しかし、飛行状態を知ることができるのは、この “HUDもどき表示” だけの特典。飛行機のメカニズムや操縦に、多少なりとも関心や知識がある方なら、楽しめること請け合いであろう。
自分が操縦している気分……が大袈裟なら、自分が操縦席にいる気分……ということになろうか。客席に座ったままで、自機がどんな動きをしているかを知ることができるのだから、面白い時代になったものだと思う。この仕掛けが付いている機体に乗ったとき、筆者はいつも最初から最後まで、この画面を出しっぱなしにしていることが多い。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざま