タイムリーなことに(いや、こういうトラブルは起きない方がよいに決まっている)、「航空機を構成するパーツひとつが原因で、総点検」という事態が発生した。しかも単一機種にとどまらず、複数の機種が巻き込まれた。

マーチンベーカーの射出座席

『トップガン』など、戦闘機が活躍する映画を御覧になったことがある方なら、搭乗員が機体を捨てて脱出する場面に覚えがあるかもしれない。第二次世界大戦の頃は、キャノピーを開いた後は自力で飛び出していたが、それでは危ない。実際、機体から離れた直後に後ろからやって来た垂直尾翼とぶつかり、命を落とした戦闘機乗りもいる。

そこで考案されたのが、搭乗員を強制的に、座席ごと機体から放り出す射出座席。その話は第133回で取り上げたことがある。射出するには何かしらの動力源が必要であり、しかも急いで機体から離れなければならないから、高い加速力が求められる。戦闘機が性能の限界いっぱいで急旋回したときにかかるGよりも、射出座席で放り出されたときにかかるGの方が大きいというから大変だ。

動力源としては、火薬やロケットが用いられている。そして、その射出を行うための動力源である、CAD(Cartridge Actuated Device)というデバイスが問題になった。

  • T-7Aレッドホーク練習機で使用する射出座席をテストしている様子。座席の下から排気炎が出ている様子が分かる 写真:USAF

多数の米海空軍機が巻き込まれる騒ぎに

問題になったのは、マーチンベーカー社製の射出座席で使われているCAD。そのCADの一部ロットに不良があることが判明して、米海軍では2022年7月24日から交換作業を開始した。

ところが、マーチンベーカーといえば射出座席の大手だけに、同社製の射出座席を装備している機体は多岐にわたる。そのため、「影響を受ける機体」として名前が挙がった機種は、F/A-18B/C/Dホーネット、F/A-18/E/Fスーパーホーネット、E/A-18Gグラウラー、T-45ゴスホーク、F-5タイガーといった面々になった。

さらに米空軍でも、影響を受ける機体としてT-38タロン・203機とT-6テキサンII・76機を2022年7月27日に飛行停止として、検査・交換を始めた。幸い、問題があるのは一部製造ロットのCADだけだから、当該ロットのCADを装備していないことを確認すれば飛行は再開できる。それにしても、なにしろ機種も数も多い。

さらに、これもマーチンベーカー製のUS16E射出座席を装備しているF-35にまで騒ぎが飛び火した。実際、すでに300機を越えるF-35Aを運用している米空軍については、「706個の射出カートリッジを検査したうち、4個を交換して検査に回すことになった」と報じられている。同様に、F-35B/Cを運用している米海軍・海兵隊でも、射出座席で使われているCADの検査を行う事態となった。

CADは火工品だから取り扱いに注意を要する。しかも、搭乗員の生存に関わるから、必要なときには確実に作動してくれないと困る。それだけでなく、作動する必要がないときに勝手に作動されても困る。

幸いにも、長期に渡る飛行停止は引き起こさずに済んだ。しかし、射出座席の中の、そのまた一部のパーツに不良品が発生しただけでも、これだけの事態になるのだ。もっとも、CADやPAD(Propellant Actuated Device)といった射出用デバイスには「寿命」があるため、もともと、きちんと追跡管理が行われている。そういう体制が功を奏した一例、という見方もできる。

  • マーチンベーカー製の射出座席を単体で。射出用の火薬またはロケットは、座面を支えるフレームの中に組み込まれている 撮影:井上孝司

厳格な管理体制が役に立つ

以前から本連載で触れている話ではあるが、航空機用のパーツはパーツの品番ごとではなく製品ごとに、製造履歴に関するデータを残すようにしている。

今回の、マーチンベーカー製射出座席で用いられていたCADの一件では「一部ロットに不良品」となった。そういう事態が勃発したときに、個々の機体(の射出座席)に取り付けられているCADを調べて「この機体のCADはオーケー」「この機体のCADは要交換」と判断できた背景には、こうした厳格な管理体制があったはずだ。

問題のロット番号と、ロットごとの製造番号の関係が分かっていれば、CADの製造番号を調べることで製造ロットが分かる。工業製品では普通に行われていることである。トレーサビリティが大事になるのは、なにも食べ物だけではない。

極端なことをいえば、ネジやリベットで不良品が発生して総点検、ということだって起こり得るのだ。今回のCAD総点検の一件、航空機のサプライチェーンに関わることの “重み” を感じさせる出来事の一つではある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。