2021年10月初頭に岩国の近所で、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦「いずも」による、F-35Bの発着艦試験が行われた。あいにくと日本向けのF-35Bはまだないし、発着艦のための資格を持った操縦士もいない。だから、機体と操縦士はアメリカから、という話になった。

耐熱加工が必要になるF-35B

「いずも」型に限らず、米海軍の強襲揚陸艦でも、あるいは英海軍の空母「クイーン・エリザベス」級でも、F-35Bを運用するときに常について回る話が、「飛行甲板の耐熱加工」。

エンジン排気を下向きにして機体を支えることで垂直離着陸を可能にする、という考え方は、前任のAV-8BハリアーIIをはじめとするハリアー一族と同じ。ところが、F-35Bのほうが排気ガスの温度が高いし、推力が大きい分だけ排気ガスの絶対量も多い。だから、ハリアーの排気に耐えられる飛行甲板でもF-35Bの排気には耐えられず、より強化した耐熱加工が必要になった。

  • ホバリング中のF-35B。騒音がすごいだけでなく、真下に向けて吹き付けられる排気の温度も課題になる 撮影:井上孝司

    ホバリング中のF-35B。騒音がすごいだけでなく、真下に向けて吹き付けられる排気の温度も課題になる 撮影:井上孝司

「クイーン・エリザベス」級の場合、飛行甲板のうち着艦エリアに指定されている左舷後方の2,000平方メートルについて、アルミとチタンの粉末をプラズマ・ジェットで10,000度まで熱して吹き付ける、サーマル・スプレー・コーティングを実施している。これで1,500度の温度まで耐えられるという。

普通、空母でも揚陸艦でも、飛行甲板は鋼材で形作った構造物の表面に滑り止め(ノンスキッド)を塗っているが、それでは高温の排気ガスに耐えられない。そこで、高温に強い金属素材を吹き付けてあるわけだ。だから、この加工を施した着艦エリアは他のエリアと色が違う。

  • 強襲揚陸艦「エセックス」に着艦するF-35B。着艦エリアだけ甲板の色が違う様子が分かる 写真:US Navy

    強襲揚陸艦「エセックス」に着艦するF-35B。着艦エリアだけ甲板の色が違う様子が分かる 写真:US Navy

ところが、艦上はそれでいいとしても、F-35Bが垂直着陸を行う場所は、艦上だけとは限らない。陸上で垂直着陸を行うこともある。実任務でやらなくても、陸上での試験や訓練は実施しなければならない。

そこで英空軍は、F-35Bの配備先となったマーラム基地に、VLP(Vertical Landing Pad)を用意した。通常のコンクリートでは対応できず、高熱でクラックが発生する危険性があるため、アメリカ国外では初めて、耐熱素材を適用して建設した。全体のサイズは67m×67m、そのうち着陸エリアのサイズは30.5m×30.5mとのこと。

一般的に滑走路で用いられるアスファルト舗装では、F-35Bの排気をマトモに浴びたら素材が軟化してグニャグニャになってしまいそうだ。昔とは話が違うから、真夏の高温ぐらいで溶けることはないにしても、F-35Bの排気ガスは桁が違う。

  • 英空母「クイーン・エリザベス」。飛行甲板上に、駐機しているF-35Bが見える 撮影:井上孝司

    英空母「クイーン・エリザベス」。飛行甲板上に、駐機しているF-35Bが見える 撮影:井上孝司

耐熱加工だけの話ではない

というわけで、ついつい耐熱加工の話にばかり気をとられてしまうのだが、艦上で固定翼機やヘリコプターを運用する場合の課題は、それだけではない。まず、飛行甲板に機体を駐機したり、発着したりする際に加わる荷重・衝撃に耐えられなければならない。

接地の衝撃というと、いちばんハードなのは、いうまでもなく固定翼機が発着する空母の、着艦拘束ワイヤを張ったあたりだ。「制御された墜落」と形容される勢いでドカンと降りてくる上に、さらに着艦拘束フックでガリガリひっかかれるのだから、それに耐えられる強度・構造・素材にしておかなければ持ちこたえられない。

  • 米空母「ニミッツ」に着艦するF/A-18Eスーパーホーネット。ちょうど、接地して拘束フックがワイヤーを捉えた瞬間 写真:US Navy

    米空母「ニミッツ」に着艦するF/A-18Eスーパーホーネット。ちょうど、接地して拘束フックがワイヤーを捉えた瞬間 写真:US Navy

また、駐機している機体は艦の動揺などによって動いたり落ちたりしないように、タイダウン・チェーンで甲板に固定してある。そのタイダウン・チェーンを固定する金具は、機体にかかる想定荷重に耐えられるものでなければならない。いくら機体を固定してあっても、チェーンをつないだ金具ごと吹き飛んでしまったのでは意味がない。

そして、空母は敵に真っ先に狙われる高価値資産(HVU : High Value Unit)だから、相応の防御力を持たせる必要がある。第二次世界大戦の頃までは、飛行甲板の装甲防御は皆無、なんていう空母がゴロゴロしていたが、当節ではそういうわけにも行かないだろう。そんなわけで、空母の飛行甲板は搭載機の着艦時に加わる衝撃だけでなく、被弾に備えた設計も求められることになる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。