前回は、新しい航空機の開発に際して、地上での各種試験に続いて行われる飛行試験の概要について説明した。試験はただ単に飛ばせば良いというものではなく、データをとらなければならない。では、それをどうやって実現するか?

データをとって、初めて試験が成立する

飛行機の飛行試験に限ったことではないが、単に「飛ばしてみて問題がなかったからオーケー」ではない。飛ばしたときのデータを収集・記録・分析して、それで初めて「問題がなかったかどうか」の判断ができる。

そこで現在は、機体にさまざまな計測機器を取り付けてデータをとるだけでなく、そのデータをリアルタイムで地上に送る。無線によるデータ通信技術が発達したおかげで、こういうことができるようになった。

実は、「国際航空宇宙展」のような航空関連の展示会では、機体やエンジン、搭載機器だけでなく、こうした試験・計測関連の出展も行われている。業界関係者でもなければ寄りつかない種類の出展だが、信頼できる機体を実現する上では不可欠の要素だ。

  • 2012年の「国際航空宇宙展」では、コーンズ・テクノロジーが飛行試験関連機器に関する出展を実施していた

具体的にどんな機器が出てくるかというと、機体の動きや飛行諸元、機体構造材にかかる荷重といったデータを計測する機器。そしてデータを記録する機器。あるいはデータを無線で地上に送る機器。

もしもデータをリアルタイムで地上に送る場合は、データを記録するための機器が地上側で必要になる。地上施設が飛行試験空域から離れている場合は、見通し線圏内の通信ができなくなるから、データ中継を受け持つ機体、あるいは地上の中継局も必要になる。

データを無線でリアルタイム伝送するということは、地上のスタッフも飛行諸元をその場で見られるということ。すると、試験のために設定した条件通りに飛んでいるかどうかも筒抜けである。テストパイロットは、試験に際して設定された条件通りに機体を飛ばすよう求められるし、それがうまくいかないと「速度が2kt足りません!」などと地上からクレーム(?)が飛んでくることになる。

吊るしものに関する映像の記録

切り離しが可能な「吊るしもの」を航空機に搭載する場合、正常な分離が行えるかどうかを確認するための試験が必要である。最初に風洞試験による検証を行ったり、地上で試験を行ったりしてリスク低減を図った上で、最後は実機を飛ばして、飛行しながら分離試験を実施する。

ところが、飛んでいる飛行機から吊るしものを切り離して投下するとなると、スピードが速い。単に切り離して投下するだけでもそれなのに、ミサイルだと切り離した後でエンジンを作動させて飛んで行ってしまう。それを目視だけで確認して「うん、大丈夫だな」などと断言できるかといえば疑問があるし、エビデンスも残らない。

だから、飛行中に吊るしものの分離試験を行う際は、映像の記録を行う。その際に、吊るしものと機体の位置関係を把握しやすくするため、独特のマーキングを施すという話は、以前に第215回で書いた

では、どこから映像を撮るか。分かりやすいのは、チェイス機が随伴して、そちらから撮る方法だ。ただしチェイス機が単座機では具合が悪い。操縦しているパイロットがカメラを持って撮影するのでは、その間、誰が操縦するんだという話になる。複座機なら、後席に撮影担当者が乗ればよい。

しかし、チェイス機といえども試験対象機にむやみに接近するわけにはいかない。飛行試験ではなく広報写真の撮影だが、接近した機体同士が空中接触してしまい、墜落事故に至った事例もある。

そこで、分離試験を担当する機体にカメラを搭載する。これなら間近で撮影できるから確実だ。しばらく前に、F-35AからJSM(Joint Strike Missile)空対艦ミサイルを投下する分離試験を行った、というニュースがあり、『International Defence Review』誌の2021年5月号に詳報が載っていた。

  • JSMを機内兵器倉に搭載して試験に臨んだF-35A 写真: Forsvarsmateriell

内部に3台、外部に3台

その記事によると、分離試験は機内兵器倉からJSMを投下するという内容で、分離の模様を記録するために合計6台のカメラを取り付けたのだそうだ。

まず、機内兵器倉に3台。外部から撮影したのでは、機内兵器倉の中で何が起こっているかを記録する手段がないから、機内兵器倉の内部を撮影するためのカメラが要る。これは推測だが、まず兵装架のあたりを撮影するカメラは必須だろうし、さらに前方と後方にも1台ずつ、という布陣になったのではないだろうか。

ただし、F-35の機内兵器倉はそんなに広大ではない。JSMと、あとは空対空ミサイルのAIM-120 AMRAAM(Advanced Medium Range Air-to-Air Missile)を1発搭載すれば満杯になってしまう。すると、AMRAAMの搭載スペースを使ってカメラを仮設したのではないだろうか。もちろん、対象物に近すぎては具合が悪い。そして、映像の品質が悪いと仕事にならないから、出来のいい広角レンズが必要だろう。

ところが、機内兵器倉のカメラだけでは、今度はJSMが無事に投下されて外に出て行った後の様子を記録するのに難がある。そこで、主翼の下にもカメラ3台を内蔵するポッドをぶら下げた(ただし、上の写真では見当たらないから、別のときの撮影だろう)。吊るしものの試験をするために、記録撮影用の吊るしものを開発・搭載するという、面白い話になっている。

つまり、機内兵器倉の中と外に3台ずつのカメラを用意して、さらに離れたところからチェイス機による撮影も行い、万全を期したのだそうだ。JSMは日本でも導入することになっているから、JSMの搭載・分離・発射に関する試験が順調に進むかどうかは、他人事ではない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。