ここ数回、F-35Bを取り上げているが、思案の結果、もうちょっとF-35B関連の話を引っ張ってみることにした。なにかと話題の多い機体であるし。

SRVLとは

第188回でも書いたように、 F-35Bは陸上でも短距離離着陸が可能である。災害によって、あるいは敵襲によって滑走路が壊されてしまっても、短距離離着陸が可能な機体であれば運用できる可能性があるかもしれない。絶対にできるとは言い切れないものの、米海軍で使用している強襲揚陸艦の甲板と同じぐらいの長さ(約250m)があれば、なんとかなりそうではある。

その米海軍の強襲揚陸艦でF-35Bを運用する場合、短距離滑走で発艦して、戻ってきた時は垂直着艦を行う。ところが、英海軍の空母「クイーン・エリザベス」級では、それだけでなく、短距離滑走着艦も併用することになっている。

  • ニューヨークに向かう英海軍の空母「クイーン・エリザベス」。画面左上には自由の女神像が見える 写真:英国海軍

    ニューヨークに向かう英海軍の空母「クイーン・エリザベス」。画面左上には自由の女神像が見える 写真:英国海軍

  • ビューフォート海兵隊航空基地に着陸したF-35BライトニングⅡ 写真:英国海軍

これをSRVL(Shipborne Rolling Vertical Landing)という。しかし、ローリングといっても、これを「横揺れ」「横転」と訳すと意味不明なことになってしまう。

ローリングという言葉は、別の場面でも出てくる。滑走路から離陸する際に、誘導路から滑走路に進入したところで停止せず、そのまま滑走を始める方法を「ローリング・テイクオフ」という。それに対して、誘導路から滑走路に進入したところでいったん停止、機体が滑走路の中心線に正対していることを確認してから、ブレーキを解除して滑走を始める方法を「スタンディング・テイクオフ」という。

そういえば、自動車レースでもコースをゆっくり1周してきてコントロールラインにさしかかったところで、そのまま止まらずにレースをスタートさせる「ローリング・スタート」という方法がある。

つまり、SRVLにおける「ローリング」とは、「(通常の垂直着艦みたいに)止まらずに、そのまま進入する」という意味合いがある、と考えれば良さそうだ。

具体的にいうと、艦が風上に向けて全速前進する一方で、F-35Bは艦尾からゆっくり進入する。陸上の滑走路だと動いていないから、「機体の前進速度=地面と機体の相対的な速度差」となるが、空母に降りる場合には話が違う。艦が全速前進していれば、その分だけ艦と機体の相対的な速度差が減る。

「クイーン・エリザベス」の最高速度は26kt(約48km/h)ぐらいだから、例えば、35~40ktぐらいの速度で進入すれば、艦との速度差はごくわずかになる。これなら着艦拘束装置を用意しなくても、車輪ブレーキだけで行き脚を止められる。ただし、雨が降っていて飛行甲板が濡れていたり、海が荒れて艦が揺れていたりするとリスクが増えるから、そういう時は安全第一で垂直着艦を行うことになっている。

また、SRVLでは適切な進入角度と進入経路を保たなければならないから、そのための誘導装置を艦側に用意している。それがない米海軍の強襲揚陸艦では、SRVLはできない。それに、SRVLを行うには、パイロットにそのための訓練を施さなければならない。

英国海軍が公開しているSRVLの動画
The first Shipborne Rolling Vertical Landing (SRVL)

SRVLの利点

陸上で短距離滑走着陸ができるのだから、艦上でも同じことができる理屈だが、なんでそんなことをするのか。

F-35Bが垂直着艦を行う場合、エンジンとリフトファンとロールポストが発生する浮揚力が、機体を支える力のすべてである。これらの推力合計を上回る機体重量では、垂直着艦が成立しない。

ところが、飛行機が前進していれば、主翼が揚力を発生する。もちろん、速度が落ちれば揚力も少なくなるが、ゼロにはならない。SRVLでは若干ながらも前進速度がついて主翼が揚力を発生してくれるので、その分だけ最大着艦重量を引き上げることができる。

厳密にいうと、F-35BがSTOVL(Short Take-Off and Vertical Landing)モードに入っている時は、第190回でも書いたように、 スタビレーターを前上がりにして揚力を発生させる手を使えるので、実際に発揮できる揚力にはその分も加わる。

普通、任務飛行に飛び立って交戦すれば、兵装は使ってしまうから、お持ち帰りは発生しない。しかし、交戦しなければお持ち帰りである。もちろん、機体と最低限の燃料だけなら最大着艦重量を下回るが、そこに兵装が加わると事情が違ってくる可能性がある。

もしも最大着艦重量を上回っていたら、どうするか。重すぎて着艦できないのでは困るから、お持ち帰りした兵装を投棄しなければならない。燃料消費が少なければ、燃料も投棄しなければならない。

そこで最大着艦重量を引き上げられる手があれば、着艦の際に燃料や兵装を投棄せずに済む可能性を期待できる。今時の精密誘導兵器は値が張るから、投棄する事態はできるだけ避けたい。

「着艦の際にお持ち帰りできる搭載兵装」のことを bring back payload という。SRVLを使用することで、bring back payload を増やす効果を期待できるというわけだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。