前回は、F-35BにおけるSTOVL(Short Take-Off anad Vertical Landing)モードでの操縦操作がとても簡単、という話を書いた。今回はその続きで、コンピュータ制御のSTOVLならではの機能について取り上げてみたい。

スキージャンプの有無は自動判別

短距離離陸といっても、米海軍の強襲揚陸艦にはスキージャンプはないが、英海軍のクイーン・エリザベス級空母にはスキージャンプがある(スキージャンプについては第64回を参照)

ハリアーの場合、スキージャンプがある場合とない場合とで操縦操作を意識して変えなければならない。スキージャンプがあれば、滑走する過程で機体を自動的に放り上げてくれるが、スキージャンプがない時は自分で機首上げをしないといけないからだ。

スキージャンプがある場合、滑走する途中でスキージャンプによって機首が持ち上げられて、上方に向けて放り出される。だから意図的にスタビレーターを動かして機首を上げる必要はない。

ところが、スキージャンプがない場合は、滑走して速度が上がってきたところで、意図的にスタビレーターを動かして機首を上げる操作(ローテーション)が必要になる。これは、普通に陸上の滑走路から離陸する時と同じ。

F-35Bは、それらの操作の使い分けを自動的にやってくれる。

  • 三沢基地に向かう日本のF-35 写真:The F-35 Lightning II Program

    三沢基地に向かう日本のF-35 写真:The F-35 Lightning II Program

  • F-35をメンテナンスする米空軍とノルウェー王国空軍 写真:US Airforce

スキージャンプがない時の短距離滑走発艦では、速度が上がってきたところで一瞬だけスタビレーターが前下がりになり、機首上げの力を生み出す。そして機首が上がったら、スタビレーターは反対に前上がりになり、今度は後ろの方から機体を支える浮揚力を生み出す。

以下の動画は、F-35Bが米海軍の強襲揚陸艦「アメリカ」から短距離滑走発艦する様子を捉えたもの。瞬間的にスタビレーターが動いて、機首上げを行い、次に逆方向にスタビレーターが動いている様子がわかる。

F-35B takes off from USS America

一方、スキージャンプがあるときの短距離滑走発艦では、速度が上がってきたら、そのままスタビレーターを前上がりにセットするだけである。機首上げ操作はスキージャンプ任せだ。

以下の動画は、F-35Bがパタクセントリバー基地の陸上スキージャンプ施設を使って短距離滑走発艦の試験を実施している様子を捉えたもの。スタビレーターの動きが、先の「スキージャンプなし」の場合とは違っている様子がわかる。

F-35B Ski Jump Testing

  • パタクセントリバー基地には、試験用に陸上スキージャンプ施設を設けてある。写真に映っているDC-3の、右手後方にあるのがそれ

面白いのは、短距離離着陸や垂直離着陸を行う際に、F-35Bのスタビレーターは前上がりに動くこと。普通、これを離陸時に行えば機首下げにつながる危ない操作だが、尾部を持ち上げる力を発生させているわけだから、なにがしかの浮揚力になっているのは間違いない。

それが尾部だけで、機首側で浮揚力を発生させないと、機首が下を向いて墜落してしまう。しかし、F-35Bはコックピットの直後にリフトファンを備えているから、それが発生する浮揚力と、尾部でスタビレーターやエンジンが発生する浮揚力のバランスがとれている限り、機首下げから回復できずに墜ちるようなことは起こらない。

もっとも、スタビレーターを前上がりにすることで浮揚力を発生できるのは、前進速度がついている時だけ。前進速度がゼロなら、スタビレーターの効きもゼロである。実際には、ホバリング中でもスタビレーターは前上がりになっているけれど。

他のモデルとのメカ的な相違点

実は、STOVLを実現するためのメカニズム(推力偏向ノズル付きのエンジン、リフトファン、ロールポスト)以外にも、F-35Bには他のモデルとメカ的に異なる部分がいくつかある。

まず、尾部下面。空母に降りるF-35Cはいわずもがなだが、F-35Aもアレスティング・フックを内蔵している。陸上基地に緊急着陸して、何が何でも行き脚を止めなければならないという時に、滑走路に設けてある拘束ワイヤーを引っかけて止めるためのもの。

動作の内容は空母に降りる時のそれと同じだが、空母ほど急速に止めるわけではない。だから、アレスティング・フックのつくりはF-35CよりF-35Aのほうが簡素になっているようだ。

ところがF-35Bの場合、他のモデルでアレスティング・フックが付いている場所は、エンジンの推力偏向ノズルが曲がって降りてくる場所である。だから、下を向く排気ノズルと干渉しないように両開きの扉が付いており、アレスティング・フックはない。よって、F-35Bの後部胴体下面はF-35A/Cよりもツルンとしている。

だいたい、アレスティング・フックは機体構造と強固に結びつけておかなければならない。制動時にかかる力をまともに受け止めなければならないからだ。すると、エンジン排気ノズルの下面が蓋だけというF-35Bでは、そもそもアレスティング・フックが取り付く場所がないのだ。もっとも、短距離着陸モードで降りれば、極めて短距離の滑走をするだけで行き脚は止まる。

その、推力偏向機構付きのエンジン排気ノズル自体にも相違がある。F-35BのF135-PW-600が使っているノズルは、なぜかF-35A/CのF135-PW-100よりも短い。その推力偏向機構は油圧動作だが、専用の作動油ではなくJP-5燃料を作動油代わりに使用しているのも面白いところ。

細かいところでは、機内兵器倉扉の形状や構造に違いがある。機内兵器倉の全長が短いという話は以前にも書いているが、単に後部が切り詰められているだけではなくて、扉の形そのものが全体的に違うのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。