Gartner(ガートナー)は11月4日~6日、CIOやIT意思決定者を対象とするカンファレンス「Gartner IT Symposium / Xpo 2026」を開催した。AI、マネジメント、セキュリティ、ガバナンスなど多様な話題が飛び交った同イベントから、本稿ではリコー コーポレート上席執行役員の小林一則氏が語った、AI導入を成果に導くための3つの「つなぐ力」について紹介したい。
生成AIの導入が急速に進み、現場での業務効率化を実感する一方、組織としてAIの導入効果を得られている企業は少ない。PoC(Proof of Concept:概念実証)から成果を全社へ広げられない課題に直面している企業も多いだろう。
同様の課題を抱えていたリコーは、どのように状況を打開したのだろうか。小林氏はリコー自身の変革の事例に基づく実践的なアプローチを解説した。
AI導入で業務量20%削減、それでも経営成果につながらなかった
KPMGの調査によると、AIエージェントに投資を行った企業は88%であり、多くの企業がAI活用を進めていることが分かる。一方、AIを活用してROI(Return on Investment:投資利益率)を実感している企業は24%にとどまる。
リコーも同じ悩みに直面していた。同社は既存業務を効率化して生まれた時間でAIを活用し、新たなアウトプットの創出を狙っていたという。
そうした取り組みの結果、業務改善・効率化により業務量を20%削減したほか、社内では3250人の社員が9260のAIアプリやAIエージェントを構築して活用していた。
しかし小林氏は「AIによって効率化は進んだが、成果にはつながらなかった。私たちはAI活用の成果として、新しい価値を創出できたのか、問いが残っていた」と振り返った。
AIの導入によって現場の業務は確かに効率化されたが、売上・利益は増えたのか、コストは削減できたのか、投資対効果は回収できたのか、組織としての成果は実感できなかったそうだ。
AIが経営成果につながらなかった3つの課題
なぜ、リコーは数多くのAIエージェントを使っていたにもかかわらず、経営成果を生み出せなかったのか。
小林氏はその原因として、「AIの活用が目的化していた」「人の知識や経験を生かせなかった」「部門を超えて企業資産を活用できなかった」の3点を挙げた。
企業の価値を生み出す源泉であるはずの人の知見を生かせず、成果につなげるための価値創造のプロセスを、部門を超えて設計できていなかったとのことだ。
「現場に任せてしまい、経営・責任者として企業全体を見渡し、どこにボトルネックがあってどうすれば価値を創出できるのかを考えていなかった」(小林氏)
業務をつなぎ請求書処理を20分から4分に短縮
この経験からリコーが見つけた答えが「つなぐ力」の重要性だ。同社は社員が獲得した知識や経験と、業務の中で生まれるデータ、オフィスなど働く現場を、人を中心につないだ。
AIによって効率を高めるだけでなく、企業全体で新しい価値を創出する仕組みを組み合わせることが、AI導入による成果を最大化するカギなのだという。
同社はまず、業務をつないだ。AI・システム導入により業務全体を一連のプロセスとして再設計することで、処理時間を削減。ここでは単に業務の削減を目的とするのではなく、人が判断と改善に集中できる環境を目指し、価値創出を実現した。
具体的な例として、小林氏は請求書処理について解説。以前は毎月請求書を人が処理しており、1件当たり20分かかっていたという。内容の理解や妥当性の判断などを全て人が行っていた。
この業務にRPAやAIを導入し、請求書の処理を自動化。人は最終確認だけを行うプロセスへと変更した。これにより人は判断に集中できるようになり、処理時間は1件当たり4分に短縮された。年間では実に480時間の削減効果が見込まれる。
「個別の業務改善ではなくプロセスを改善して人が判断に集中できるようになったことで、継続的な改善やReturn On AIの向上も実現できるようになった」(小林氏)
空間をつなぎ人とAIが価値を創造する環境へ
同社は2つ目に空間をつないだ。以前は、コロナ禍などを経験して人や情報が分断され、情報整理の負荷が増加していたという。そこで人や空間、資料を一つの場へ集約することで、会議の準備や情報共有に要する時間が削減された。
これにより、人が対話に使える時間が増え、意思決定の質が向上し、多様な意見が集まり共創が促されたという。
これを具現化したソリューションの一つが、RICOH BIL TOKYO内に開設した、 AIがファシリテーターを務めるワークショップルームである。
「Dify(ディフィ)」や「Miro(ミロ)」を導入したこのワークショップルームでは、空間内の発話内容をもとにAIが自動で内容を記録し画面上に投影。参加者が発言するたびに付箋紙がデジタル空間上に張り出され、最終的にAIが解決策を提案書やレポートにまとめる。
人が議論に集中できるようになることで、発話内容の質が向上し、意思決定が加速。最終的には新たな価値創出が期待できるのだという。
知をつなぎベテランの暗黙知をAIで継承する仕組みとは
そして3つ目。小林氏が「最も大事なこと」だと紹介したのが、知をつなぐことだ。同氏は「企業の価値創出の源泉は、人が持つ経験であり知見でありナレッジである」とも話していた。
経験がつながっていないと、ベテラン社員の退職や離職により暗黙知が失われてしまう。ベテランが蓄積してきた暗黙知を形式知に変え、AIに学習させて現在の意思決定に活用することは、未来のさらなる価値創出にもつながる。
「単に知識をデジタル化して情報検索の時間を短くすることが目的ではない。技術伝承を加速して、組織全体の判断力向上こそが価値創出」だと同氏は解説した。
こうした目的の下でリコーが開発したのが、「Hi.DEEN(ひでん)」だ。このプラットフォームはユーザーの質問の意図を分析して複数の専門家AIエージェントを統合する司令塔AIエージェント、ベテランの知識を学習した専門家AIエージェント、社内の多様なドキュメントで構成される。
組織内に蓄積されたドキュメントから、専門家AIエージェントが回答に必要な情報を読み取り、各専門家AIエージェントの回答を司令塔AIエージェントが統合してユーザーへの最終的な回答を生成する。
小林氏は「成果の創出は簡単ではない。単に業務・空間・知をつなぐだけでなく、課題の見極めから実践・定着まで伴走する必要がある。AIの導入よりも、組織内のどこにどんな分断があるのかを見極めるのが重要。さらに、つないだ後も現場に定着させて、その先の変化に合わせて改善するループを回さなければ、成果にはたどり着けない。銀の弾丸などない」と語った。
さらに続けて「企業を強くするのはAIの導入量ではない。人を中心に、企業に眠る資産をつなぎ、成果を生み出す力こそ、リコーが見つけたつなぐ力」と述べ、講演を結んだ。






