カルビーは、北米を中心とした成長領域へ投資することで、国内スナック菓子・シリアル食品中心の事業体から、持続的に成長するポートフォリオへ変革しようとしている。その一方で、国内事業についてはコア事業へのさらなる付加価値の向上を目的に、購買データ分析を行う部署であるリテールサイエンス部を2022年に立ち上げた。そこで一貫して重視しているのは、顧客視点に立つということだ。
9月15日~16日に開催された「TECH+データ×イノベーションEXPO 2026 Sep. イノベーションの停滞要因を打破するデータの活かし方」に、同社 DX・S&OP本部 リテールサイエンス部 部長の松永遼氏が登壇。顧客視点を重視しながらデータ活用を推進する、カルビーの取り組みについて説明した。
顧客視点を重視するリテールサイエンス部の役割
リテールサイエンス部の重要な役割が、ビッグデータを活用してリテールサイエンスを深化させることだ。データ分析により顧客理解を深め、仮説を導き出し、価値を提供する。つまり購買実態からニーズを把握し、それに合致した商品を選定、顧客ごとに最適なコミュニケーションをとってニーズを満たす商品を届けることを指す。ここで目指しているのは、顧客に購買体験を通じてカルビーのファンになってもらうことだと松永氏は話す。
「メーカー視点で商品を出していくと、お客さまの理解や支持を得られず独りよがりの商品になってしまいます。お客さまにファンになっていただくという関係づくりができるように、お客さまのことをしっかり把握し、お客さまの課題解決になるような商品を提供していきたいと考えています」(松永氏)
取り組んでいることは大まかに4つある。短期的な取り組みとしては、全国横断組織としてアナリストの働き方の確立や営業効率ツールの定着を図るリテールサポート、そして人材育成がある。中長期的には、流通のID-POSデータを分析する基盤づくり、そして外部メーカーやパートナー企業と協力しながら顧客理解を価値に変えていくためのリテールDX推進がある。
チャレンジその1:情報の価値
この中長期的な取り組みについて松永氏は「カルビーのチャレンジ」と表現する。その1つ目は顧客視点において情報の価値とは何か、どのように顧客に伝えるべきかを検討する取り組みだ。2025年6月下旬に行われた検証では、スナック菓子において同社主力商品である「堅あげポテト」を対象に、まず購入者と未購入者に分け、それぞれテレビCMの接触の有無、デジタル広告の接触の有無を分類。合計8つのグループに対し、どの情報が購入に結び付くのかを分析した。
当初は、テレビCM、デジタル広告の両方に接した顧客の購買率がもっとも高くなるという仮説を立てていたが、結果は違った。購入経験のある既存顧客について見ると、テレビCM、デジタル広告ともに、接触ありの顧客の購買率が低くなったのだ。広告を見たから買わなくなるとは考えにくいため、既存顧客については広告との接触は購買にあまり関係がないと解釈できる。仮説を完全に裏切ったこの結果について松永氏は「不都合な真実が見えてきた」と話した。
一方、未購入者については仮説のとおり、テレビCM、デジタル広告ともに接触経験のある人の購買率は、接触経験のない人に比べ、約4~5倍と大幅に向上した。ただし、施策前20日間に購入していない顧客に限ってみると、購買率が上がるのはデジタル広告のみに接した場合だけだった。
こうしたデータを基に、同社が新たに立てた仮説は「“情報”が多い現代では、“情報”が“News”にならないケースがある」ということだ。SNSやスマホなど目にする情報が多いため、メーカーの発信する情報は埋もれてしまう。新規顧客には“News”になったとしても、既存顧客であればすでに知っている商品の情報は目新しさがなく“News”として届かない。そして、テレビは見ずにSNSだけを見るなど、情報を限定して受け取っている顧客にとっては、自分が選択したメディアの情報が購買につながりやすいと考えられる。
ただ、これはあくまで昨年の「堅あげポテト」に限定したデータであり、商品のライフステージや広告の狙いによって違いが出てくる可能性もある。そこで現在、他の商品やブランドにおいて同様の検証を行っているそうだ。
チャレンジその2:購買の決め手
2つ目のチャレンジは、「購買の決め手」だ。メディアよりも購買接点に近い店頭の売場において情報を提供し、購買を後押ししようという狙いだ。この施策では、「ポテトチップス うすしお味」の新規顧客の購入率を上げる目的で、機械学習を活用した。
まずDataRobotの機械学習プラットフォームを用いてID-POSデータを分析し、購買可能性が高い顧客を選ぶ。抽出した顧客層にはレジ精算時に次回来店の際に使用可能なクーポンを発行する。つまり購買ポテンシャルの高い顧客に対し、来店をトリガーとしてクーポンというかたちで情報を提供するのだ。次回来店時に購買があればポイントを付与するという、クーポンの利用率を上げる取り組みも実施した。
DataRobotの機械学習では特徴量、つまり購買に効果のあった因子を順に並べて可視化できる。そのため、「分かりやすく、社内の営業部門や流通のバイヤーに説明する際の説得力も増す」と松永氏は話す。この事例の場合は、購買カテゴリ数や購入金額、来店店舗、性年代といった因子が購買に強く結び付いていることが分かった。従来は併売率を重視し、ある商品の購買者に目的の商品のクーポンを配布するといった施策が多かったが、機械学習によるデータを活用した施策を行った結果、購買率は5.7倍にも跳ね上がった。
「どういったお客さまに購買していただけるのかが分かるのは非常に大きなポイントです。これ以外にも商品企画など、さまざまなところに転用できる汎用性のある分析になりました」(松永氏)
もちろん、課題もある。学習している期間と運用中では環境が変化する可能性があるため、実際に運用してみると、予測した特徴量とは異なる因子が上位に来ることもある。そのためチューニングは必須だ。例えばポテトチップスの販売推移には年間を通していくつかの波がある。こうした季節の波も考慮したうえで、どこのタイミングで学習し、どこで運用に移るのかを見極めなければならないのだ。
チャレンジその3:タイミングの見極め
3つ目は「タイミングの見極め」で、商品の情報やクーポンをいつ顧客に届ければ購買の決め手になるかを見極めるため、気候や気温との関係を分析したウェザーマーケティングに取り組んだ事例だ。対象としたのは需要の変化の波がポテトチップスよりも大きいシリアル製品である。これは冷たい牛乳とともに食べることが多いため気温の影響を受けやすいと推測したためだという。
機械学習を経て分かったのは、販売店あたりの販売個数を、気温や天候、日射量、湿度、降水量といった要素で分析すると、気温の影響があることは確かだが、それよりも日射量の影響が大きいということだ。とくに雨から曇りや晴れになるタイミングで販売個数が上昇する。気温についても細かく分析すると、25~26度に上がるときに販売数が上昇し、17~18度より低いと減少していた。さらに、35度前後の猛暑日になると販売数は低下することも分かった。
ではなぜ、雨の日や猛暑日にはシリアルが売れないのか。その理由の1つが商品の重さだと考えられる。主力商品の「フルグラ」は1袋で700グラムあり、かさばる。そのため、雨の日や暑い日に持って帰りたくないという顧客心理があるのではないかと松永氏は話した。
「こういった仮説をしっかり出し、お客さまの気持ちに寄り添って適切なタイミングでアプローチをすることで、商品に対してポジティブな気持ちになっていただけると考えています。データを使うことで、お客さまの欲しいタイミングで購買を後押しする、そのタイミングを見極めるチャレンジをしているのです」(松永氏)
最後に同氏は、これらの施策は一貫して顧客を中心に置いたものだと強調した。
「従来は、どの商品をいくらでどのくらい買ってもらうかという、商品を中心としたアプローチでした。今後は、お客さまがどのような環境や文脈であるのかを考える、お客さま中心のアプローチに注力していきます」(松永氏)
