生成AIを業務効率化に使う企業は多い。しかし、AIで文章作成や分析を効率化するだけでは、現場の行動まで変わるとは限らない。では、AIを実際の改善につなげるには何が必要なのか。
9月17日に開催された「TECH+セミナー 製造業DX 2026 Sep. スマートマニュファクチャリング実践 現場価値創出から全体最適へ」に、旭鉄工/i Smart Technologies 代表取締役社長の木村哲也氏が登壇。「AIの指摘で現場が動く、AIファースト経営」と題し、トヨタ生産方式とデジタルを組み合わせた現場改善と、AIを前提に仕事の仕組みを変える取り組みについて語った。
「何を変えたいか」から必要なデータを逆算
木村氏はトヨタ自動車に21年間勤務し、運動性能の製品開発や研究に携わった後、最後の3年間でトヨタ生産方式(TPS)を学んだ。2013年にトヨタ自動車の一次仕入れ先である旭鉄工へ経営者として移り、会社の変革を進めた。その過程で自社開発したIoTシステムと改善ノウハウを他社にも提供するため、2016年にi Smart Technologiesを立ち上げている。
同氏の取り組みにより、旭鉄工では労働生産性が41%向上。電力使用量は約4割、ガス使用量は約2割減った。一方で従業員1人当たりの賃金は20%ほど増えている。DXによる累計効果は50億~60億円程度に上るという。
大きな成果の背景にあるのが、データ活用に対する考え方だ。木村氏は、とにかくデータを集めてAIに与えれば何かが起きる、という考え方を否定する。
「データを集めただけでは何にもなりませんし、儲かりません。大事なのは、コントロールするデータを取得することです」(木村氏)
旭鉄工では、設備投資や残業を減らす、原価を管理する、電力やガスを減らすといった目的を先に設定し、そのうえで必要なデータを逆算してきた。
例えば、1時間に100個つくることができるラインで1000個を生産すれば10時間かかるが、1時間に125個をつくれれば8時間で終わる。そうすると2時間の残業が減り、原価が下がる。1時間当たりの生産個数を増やすには、停止を減らし、サイクルタイムを短縮する必要がある。そのために、ラインの停止時間、サイクルタイム、停止理由を確認するといった流れだ。
TPSとデジタルで「問題」を見える化
こうした旭鉄工の取り組みを、木村氏は「TPSとデジタルの融合」と表現する。同社では2015~2016年ごろ、現場で蓄積した改善策をまとめた「横展アイテムリスト」を作成。それまで個人に蓄積されがちだったノウハウを社内に共有し、現在はAIにも取り込んでいる。課題への対策を考える際には、このリストから多くのヒントを得られるという。
同氏は、改善の考え方を示す身近な例として、近所のスーパーのレジを挙げた。レジ台には段差があり、店員は重い買い物かごを持ち上げるために一歩余計に動いていた。段差をなくせば、かごをその場で引き寄せられ、余計な動作を減らせる。しかし、実際には、管理者も店員もこの動きを無駄とは認識していない。無駄だと気付かなければ、改善もできないわけだ。
「改善の一番のコツは、作業がやりやすくなるようにしてあげること。トヨタ生産方式はストップウォッチで作業者のスピードを測って尻を叩くものだと思われがちですが、それは誤解です。楽にできるように作業を変えてあげると、勝手に速くなるのです」(木村氏)
こうした取り組みを多くのラインへ展開した結果、2023年度には量産200ラインのうち38ラインで、1日1~2時間程度の稼働時間を短縮した。労務費に換算すると、年間9000万円の削減効果に相当し、1時間当たりの生産個数も平均20%増えたという。木村氏によれば、デジタルを使わなければ、同じ期間に同様の取り組みを行えるのは1~2ライン程度にとどまるとのことだ。
同氏は、データの「見せ方」も重視する。「見える化すべきは数値ではなく、問題」という考え方である。
旭鉄工では電力の使用状況を、正常に生産しているときの「正味電力」、生産したいのにトラブルで止まっているときの「停止電力」、生産終了後も電源が入っているときの「待機電力」に分けた。数値を示すだけでなく、どこに無駄があるのかが分かるようにしたのだ。
効果はてきめんに表れた。あるラインでは、生産終了後も設備の電源が入ったままで、朝まで待機電力が発生していた。現場は、設備がそれほど電気を使っているとは認識していなかったという。そこで電源を切る運用に変えたところ、生産量が増えていたにもかかわらず、8月から10月にかけて電力使用量は6割減った。
AIの「分析」を現場の「アクション」につなげる
TPSとデジタルの融合をさらに進めるのが、木村氏の掲げる「AIファースト経営」だ。
「私はAIを効率化のツールだとは思っていません。検索や文章作成は確かに楽になりますが、それでは効果も限定的です。そうではなく、人の力を引き出すために使っていきたいと考えています」(木村氏)
旭鉄工では、IoTで取得した稼働データをAIが分析し、毎朝レポートをつくる。課長や係長はそれを読み、次に何をするかを決める。認知と分析はAI、判断と実行は人。役割を明確に分けているのだ。
人がつくれば3時間ほどかかるレポートも、AIなら短時間で作成できる。その分、人は問題への対応に時間を使える。人の仕事をAIに置き換えるのではなく、AIを前提に仕事の仕組みそのものを変えるという考え方である。
また、同社では、複数のAIを役割ごとに使い分けている。「AI製造部長」は稼働データを見て、仮に夕方にサイクルタイムが長くなっていれば、作業者が疲れていないか、やりにくい作業がないか確認を促す。「AI品質ポリス」は品質や稼働の変化を捉え、過去のトラブルが再発していないか確認を促す。「AIちゃんしほ」は作業動画を解析し、作業者ごとの動きの違いや要領書とのずれを見つける。以前は人が動画をコマ送りしながら確認していた作業だ。
さらに同氏が重視するのは、分析で終わらせないことだ。AIには、何を確認し、どう動くべきかまでアクションを提案させている。
ただし、AIがアクションを示せば人が動くわけではない。旭鉄工では、AIによる分析結果をSlackに直接投稿できるが、「ポストしただけでは、人間は動いてくれない」と木村氏は話す。課長や係長がAIの報告を読み、「ここを調べて今日中に回答してほしい」と具体的に指示する。そこで初めて、AIの分析が現場の行動につながるという。
AIに必要なのは「データ×ノウハウ×哲学」
なぜ旭鉄工のAIは、具体的なアクションまで示せるのか。そのために必要な要素として木村氏が挙げたのが、データ、ノウハウ、哲学の3つだ。
何のデータを取り、どう加工し、どのようなグラフにするのか。そのグラフから何を読み取り、どんな対策をとるのか。こうしたノウハウを明文化し、AIに与える必要がある。
さらに重要なのが哲学だ。同じデータを見ても、経営の考え方が違えばとるべき行動は変わるからだ。
例えば、休日出勤や残業が増えたとき、人員や設備を増やすのではなく、既存ラインの能力を高める。不良が発生したときも、作業者の再教育だけで済ませるのではなく、会社の仕組みを見直して真因を追究する、といった具合だ。同社では、こうした判断基準をAIにも与えている。不良への対応方針を改めた結果、不良率は3年ほどで4分の1程度まで下がったと同氏は振り返る。
この哲学を反映したAIが「AIキムテツ」だ。木村氏の著書や直近の考えを基に回答するAIで、取締役や秘書も利用している。従業員がつくるGPTにも同じ哲学を反映させているという。
AIを活用するのは製造現場だけではない。例えば月次の決算では、AIが数字を分析し、次にとるべきアクションまで示す。内部監査にもAIを活用しており、人では指摘しにくい問題も洗い出せるそうだ。
さらに、こうした思考プロセスやノウハウ、哲学をさまざまな業務に組み込むため、社内には「AI経営設計室」も設けた。
AI時代、人に残るのは「問い」と「責任」
AIを前提に仕事を組み立てると、人の役割も変わってくる。データの収集やExcelへの入力、グラフ作成などはIoTやAIに任せ、人は判断と実行を担う。加えて、人にはAIを育てるという新たな役割も生まれる。
「AIの答えは満点ではなく、だいたい60点か70点です。AIは優秀な部下で、60点や70点は一瞬で出してきますが、残りの30点、40点が足りない。それを向上させていくのが上司力です」(木村氏)
指示が悪ければ、AIから良い答えは返ってこない。必要なのは、何を聞くべきかを考える「問いを立てる力」だ。そして、AIの答えを採用するかどうかを判断し、その判断に責任を持つのも人である。
そのためには、AIに的確な指示を出すための言語化能力や、回答の妥当性を見極める知識も必要になる。答えがずれているなら、AIに与える知識やノウハウを更新する。それも上司の役割だ。
「今まで高度なITの知識がないとできなかったことも、生成AIを使えばできることがあります。まずは使ってみる。そして、できれば従業員の皆さんに自由にやらせてあげて、効果を出すのが良いのではないでしょうか」(木村氏)
木村氏は最後に、「他社の成功を見てから動くのではなく、まず自ら試し、試行錯誤しながら自社に合った使い方を探っていくことが重要」だと呼びかけ、講演を締めくくった。
