AIの活用が多くの企業で進むなか、「ビジネスの成果にどうつなげればいいか分からない」「活用が局所的でスケールしない」という課題、すなわち“見えない壁”に直面する企業は少なくない。

8月25日に開催されたオンラインセミナー「TECH+セミナー AIビジネス実装Day 2026 Aug. AIを導入するために整えるべき基盤設計」に、Generative AI Japan 事務局長 兼 業務執行理事で専修大学 経営学部 准教授の國吉啓介氏が登壇。経営情報論の視点や、技術・データ基盤の変遷を踏まえながら、この壁を突破するための実践論を語った。

経営情報論から読み解く技術の歴史と、AI時代のBPR

國吉氏はまず、1950年代からの情報通信技術の歴史を振り返り、「技術の変遷と、そこからビジネスに結び付けるキャッチフレーズは10年単位で変わり続けている」と指摘した。EDPSから始まり、MIS、DSS、SIS、BPR、ERP、そして近年のDXやAXに至るまで、情報システムを経営に生かす試みは長年続けられてきた。

「実は、この70年ほど同じようなことを繰り返しています。基本的には『業務効率化』と『競争優位性の向上』であり、それをスケールさせるために多くの人を巻き込んでいく。この視点は技術の進化によって実現しやすくなっていますが、本質は変わりません」(國吉氏)

  • 情報通信技術の変遷

    情報通信技術の変遷

とくに近年、AIの進化によって、AI時代のBPRが再注目されているという。かつてのBPRは、データの定量的な評価や手動でのプロセス移行に多大なコストがかかった。しかしAI時代では、ツールやコストの前提が変わり、As-IsからTo-Beを描き、プロセスを抜本的に再設計することがより現実的になっている。

さらにDXの3段階(デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーション)に触れ、AI活用においても「まずはデータが蓄積され、次にプロセスをAI時代に合わせて変革し、最終的に新しいビジネス価値を生み出すという基本のステップは変わらない」と説明した。

AIをビジネス価値に変える「入力・処理・出力」の構造

続いて國吉氏は、Society 5.0におけるデータとAIの構造について解説した。サイバー空間とフィジカル空間が融合する社会において、AIが価値を生み出す構造はシンプルに「入力」「処理」「出力」の3つに分解できるという。これは人間の「観察」「情勢判断・意思決定」「行動」というプロセスに符合する。

  • AIの構造

    AIの構造

「ゆえにAIが人の作業に置き換わることができるわけですが、重要なのは一人の作業を効率化するだけでなく、いかに多くの人を巻き込むエコシステムをつくれるかです。現在は、AIを使いこなせる人とそうでない人の格差が広がっており、個人に閉じたAI活用になりがちです。AIという仕組みをスケールさせるためには、組織としてどう仕組み化するかが問われています」(國吉氏)

技術の変遷を見ると、検索から生成、そして推論・エージェントへと進化している。単なるテキスト生成にとどまらず、複雑な処理を自律的に行うAIエージェントや、物理空間と結び付くフィジカルAIの登場により、AIがビジネスで活用できる幅は劇的に広がっている。

  • AI技術の変遷

    AI技術の変遷

AI活用を組織に広げるには? 先進企業に見る実装のステップ

Generative AI Japanでは、生成AIの優れたユースケースを表彰する「生成AI大賞」を開催している。國吉氏は、過去の受賞企業の事例からAI実装のヒントを紹介した。

2024年にグランプリを受賞した名古屋鉄道の事例では、ITリテラシーが高くない層も使える「Basic」、自社データと連携する「Advanced」、新規サービスを創出する「Expert」という3レイヤーでツール整備と活用支援を実施した。

「当時は使えるツールを取り込み、RAGを用いて自社データと掛け合わせることで精度を高めるアプローチがポイントでした。ただし、求める精度を見誤るといつまでもチューニングの“沼”から抜け出せなくなるため、対象を何にするかが重要でした」(國吉氏)

一方、2025年にグランプリを受賞したコロプラの事例では、エンタメ領域において著作権などのガバナンスに配慮しつつ、クリエイターと連携・還元できる仕組みを構築した。また、特別賞を受賞したShippioの事例では、国際物流におけるオペレーション現場にAIエージェントを導入し、プロセスごとにAIを設置して効率化を図っている。

「エージェント技術の登場により、AIが自律的に目的を達成したり、複数のAIが協調して動いたりするマルチAIエージェントの世界観が現実になりました。MCPやA2Aといった共通の約束事が整ってきたことで、システム間やAI同士の連携が一気にスケールしやすくなっています」(國吉氏)

AI駆動開発とデータ基盤・ガバナンスの拡張

AIエージェントの進展をもっとも象徴するのが、システム開発における「AI駆動開発」だ。これは単にコードをAIに書かせるだけでなく、要件定義からテスト、デプロイに至る開発プロセス全体や、組織そのものを再定義するアプローチである。

「AIは実装工程のコードを猛烈な速さで書くことができますが、全体のプロセスを見直さなければインパクトは限定的です。アジャイルやウォーターフォールといった開発手法の良さを生かしつつ、AIを組み込んだプロセス設計と組織の役割分担をどう再設計するかが各社で問われ始めています」(國吉氏)

このプロセス変革はシステム開発に限らず、物流やマーケティングなどあらゆるビジネス領域に波及していく。そこで重要になるのが、データ基盤とガバナンスのアップデートだ。

AI時代におけるデータ基盤は、データレイクやデータウェアハウスを用いたデータの収集・加工にとどまらない。國吉氏は、データ基盤の役割が「データ」から「コンテキスト」「ガバナンス」「指示・承認」へと拡張していくと語った。

「エージェントのようにAIがさまざまなシステムを横断して動くようになると、プロセス(コンテキスト)が複雑になり、それに伴ってガバナンスも複雑化します。以前のようにスプレッドシートなどでアクセス権限を管理するレベルでは対応しきれません。データの処理部分は基盤側で自動化して負荷を下げつつ、人はコンテキストの設計やガバナンスの運用、価値創造にパワーを振り向けていくシフトが起こっています」(國吉氏)

  • データ基盤の位置付けの変化

    データ基盤の位置付けの変化

“見えない壁”を突破するイノベーションの視点

講演の最後に國吉氏は、ビジネス価値を創出し、AI活用における“見えない壁”を突破するための視点として、経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの「5つの新結合(イノベーションの源泉)」の考え方を提示した。

「新しい原料(データ)、新しい生産方式(コンテキスト)、新しい商品・サービスや販路・顧客接点や組織(ガバナンス)など、これらの要素がしっかりつながっていかないと大きなビジネス価値には結び付きません。独自のデータを見極め、データ基盤とプロセス、組織をどう再設計しに行くか。そこを俯瞰して考えることが、競争優位性のあるエコシステムをつくる鍵になります」(國吉氏)

  • “見えない壁”を突破するための視点

    “見えない壁”を突破するための視点

ただ新しいAI技術を導入するのではなく、これまでの情報システムの歴史やデータ基盤の進化と接続させながら、自社のプロセスと組織をどう変革するか。その全体設計こそが、見えない壁を乗り越え、長期的な利益を生み出す、AIビジネス実装の最適解となるだろう。