
社会の転換期にあって顧客の不安を取り除く
─ 隅野さんは2026年7月に生命保険協会長に就任しましたね。リスクが多様化する中での就任ですが、抱負から聞かせて下さい。
隅野 生命保険協会は年度年度で新しいことというより、地道な取り組みも含めて中長期的な業界の健全な発展に資する取り組みをすることが主眼です。今年度の取り組みの主題は「安心で支える、豊かな人生と社会」ということで、これまでの取り組みを継承しています。
足元で社会不安は高まっている状況です。インフレ、地政学リスクの顕在化の他、生成AI(人工知能)の台頭などもあり、社会全体が大転換期に入っています。その中でお客さまの不安を取り除くという生命保険本来の役割、重要性は高まっているのではないかと思います。
─ 今年度はどのような方針で臨みますか。
隅野 3本柱を掲げています。1点目が「顧客本位の業務運営の推進」です。これまで取り組んできたことの継続ですが、これまで代理店への出向者による情報持ち出しや、一部会員会社による金銭不正事案もあり、ご心配、ご迷惑をおかけしています。大変重く受け止めており、業界としての一刻も早い信頼回復に努めています。
業界全体で「営業職員チャネルのコンプライアンス・リスク管理態勢の更なる高度化にかかる着眼点」の浸透・定着を図っているところですが、一方で一部会社においては、経営陣のリーダーシップも含めて、必ずしも期待した水準まで実効性が十分に発揮されていなかったのではないかという反省もあります。
そのため、各社の社長自ら、この着眼点をしっかり自社の課題として受け止め、各社の中でこの着眼点に基づくPDCA(計画・実行・評価・改善)を回していく強いリーダーシップが必要だと思っていますし、その重要性についての認識も大変高まっているところです。
─ 政府の資産運用立国という方針もあり、国民の中で資産運用への関心が高まっています。生保業界の方針は?
隅野 まさに柱の2本目の「一人ひとりのFinancial Well-beingの向上に向けた貢献」が該当します。
足元では金利が復活、資産運用立国という国家戦略もありますが、我々は伝統的な保障機能のみならず、資産形成に関する商品、サービスを提供してきた業界です。金融リテラシーの向上が待ったなしの状況の中、生命保険業界としてのお手伝いできることは多いと考えています。
1つは協会として、5月28日を「自助の日」として制定しています。「自助・共助・公助」という助け合いの3類型の中で、自助に関する啓発活動をSNS等含めて進めています。
その中で特に「生命保険料控除制度拡充」があります。2年ほど前に税制改正要望が通り、14年ぶりに生命保険料控除の拡充が行われます。子育て世帯については、一般生命保険料控除が4万円だったところ6万円に引き上がります。
─ 政府が打ち出した子育て世帯の支援パッケージの一環ですね。
隅野 ええ。住宅ローン減税、住宅リフォーム減税、そしてこの生命保険料控除で子育て世帯を支援するということですから、その意義も含めて、協会としても認知度を高めるための発信をして、今度の年末調整、確定申告から皆さんにご活用いただきたいと思います。
そして3つ目の柱が「持続可能で豊かな社会の実現に向けた貢献」です。端的に申し上げますとダイバーシティ(多様性)です。生保協会は従前から主にジェンダーの取り組みは進めてきましたが、私自身の海外経験から、ダイバーシティはジェンダーだけではないという課題意識を強く持ってきました。
例えば、日本には今や約400万人の外国籍の方々が居住されています。一方で生命保険へのアクセシビリティには課題があります。障がいをお持ちの方々も同様です。広い意味でのダイバーシティ推進、そしてその方々も生命保険をより利用しやすい環境を整えていくことが重要だと。
その中で地道な取り組みですが、情報提供冊子『今だから聞きたい!生命保険便利帳』の英訳版や動画の作成も行いたいと考えています。
「非保険領域」で成長を目指す
─ 地政学リスク、経済の先行きが不透明な中ですが、環境の認識を聞かせて下さい。
隅野 世の中が刻一刻と変化していますが、そのスピード感がさらに加速しています。注意すべきは地政学リスクの顕在化、あらゆる国、産業、企業が国境を超えてつながるグローバルな世界が、各国の国民の活動に大きな影響を与え続けています。
一方、日本社会は「失われた30年」を克服して、今や金融市場も金利の復活を含めて活況を呈しています。また、日本企業のコーポレートガバナンスの進展も世界的に評価されています。
そうした大きな潮流に乗りながら、健全な経済・社会の発展が期待できると思っています。少子高齢化や社会保障制度の持続性といった「課題先進国」ですが、ポジティブな要素もありますから、それを捉えていく動きが大切だと思っています。
─ 人口減は日本の大きな環境要因ですが、少子高齢化とともに、生保として提案できることはあるということですか。
隅野 そうですね。もちろん人口動態の影響を一切免れるとは思っていません。高齢化という観点で言えば、高齢になられた方、なられる方の心配事として、健康でい続けたい、病気になっても重症化を回避したいという思いがあります。保険では「第3分野」と総称されますが、最新の医療技術や医療の状況を踏まえた、新しいタイプの商品の開発も必要です。
さらに弊社(第一ライフ)グループで申し上げると、「保険サービス業」への変革を標榜しています。従来の生命保険会社であれば考えられなかったサービスを提供して、お客さまの健康、日々の生活に寄り添っていきます。
当社のみならず、各社が伝統的な生命保険の領域を少し越えようとしています。お客さまのニーズや生活スタイルが多様化しているが故ですが、その視点は必要ですし、そこに生命保険各社の成長の余地もあると思っています。
─ 非保険領域では、どのように成長を目指しますか。
隅野 2年前、企業で働かれている方々の福利厚生等のプラットフォームを展開するベネフィット・ワンがグループに加わりました。
今、「人的資本投資」が叫ばれていますが、例えば中堅・中小企業のお客さまでは、なかなかそこに手が回らない時に、このプラットフォームがワンストップで、オンラインで非常に利便性高く福利厚生、健診代行など衣食住に関わるサービスを提供します。まさに先程お話した日々の生活にまで寄り添います。
伝統的な生命保険ビジネスとの親和性も非常に高いと考えています。これが我々が非保険領域、保険サービス業の進化と謳っている端的な事例です。
─ 2010年に株式会社化しましたが、これは新領域開拓にプラスになっていますか。
隅野 そうですね。さらに、弊社は16年に持ち株会社体制になりました。持ち株会社体制では、生命保険業の免許を取った会社の規制に比べて、持ち株会社の業容に関する規制は少し緩和されているため、生保会社の直下に持つことができない子会社も、持ち株会社で持つことができるという形で柔軟性が高まりました。これは保険サービス業への進化という意味ではうってつけの体制だと言えます。
─ 隅野さんは第一生命の社長に就任して3年が経ちましたね。ここまでの手応えは?
隅野 私が着任した23年はコロナ禍がようやく収束しようかという時期でした。
ただ、大変社会の皆さまにご心配ご迷惑をおかけしましたが、弊社で20年に発覚した金銭不正事案やコロナの影響も相まって、営業を抑制的にしながらコンプライアンスの地固めにも注力していました。
そこで、私にバトンが引き継がれた時には雨降って地固まると言われる通り、健全な営業推進をし、一刻も早くコロナ禍前の営業の力に回帰しようということで取り組んできました。
ただ、スポーツ選手に例えると、プロの選手は1日休んだら元の状態に戻すのに3日かかると言われます。営業も1年で一気にジャンプできる世界ではありません。それが営業の厳しさ、難しさだと思います。
この3年間で指標によっては、まだコロナ禍前に戻っていないものもあります。一定の回復は見せましたが、道半ばですから、今後も継続していきます。
人とAIの関係をどう考える?
─ 全産業的にAIの活用が叫ばれていますが、生保の仕事ではどう取り組みますか。
隅野 私はAIにフルベットしています。この4月からは全国3万5000名の営業職員が持つタブレット端末に「AIアバター」が登場しました。お客さまから了承を得たうえで対話内容を録音して要約し、次のアクションを提案したり、お客さまから聞かれてわからないことを、営業職員がAIに確認してすぐに返答できるといった機能があります。今後も機能の拡充を進めます。
本社側でも、生命保険事業は壮大なる装置産業ですから、保険金、給付金のお支払いにはシステム、事務フローが構築されています。この分野はルールベースで生成AIの威力が発揮しやすい領域ですから、業務プロセスの棚卸と変革を含めて、AIを積極的に取り入れていきたい。
─ 人とAIとの関係をどう考えますか。
隅野 人の働き方は変わりますが、営業の世界を中心に、人にしかできない付加価値は、まだたくさんあると思うんです。ですから社内では、AIに任せられることは徹底的に任せて、人間にしかできないことを際立たせていこうと言っています。
将来的には人員の配置換えなどもあると思いますが、その中で営業は、時に理屈抜きの人間力、人間くささが人の心を動かし、お客さまのお困り事に寄り添うことになると思います。
─ この3万5千人の営業職員の日頃の動きについて、嬉しかったことはありますか。
隅野 私は歴代社長の中でも、最速のペースで現場に足を運んでいます。年間30支社ほどのペースで、今年度で全て回り切る想定です。そうした私の意思や行動について、営業の現場から「来てくれてありがとう」と喜んでもらえるのが何よりも嬉しいですね。やはり営業が会社のエネルギーの芯ですから、その現場に活気があることが一番ですね。
─ 地域社会に根付いて活動していることも大きいですね。
隅野 営業職員は生まれ育った地域社会で仕事をしているケースが多いですね。
また、いわゆる内勤のスタッフは、今までは転勤を前提に入社したいわゆる総合職もいれば、地域限定型のエリア総合職もいますが、ここを制度として統合します。27年4月からは「同意なき転勤の廃止」という人事制度も導入していく形になります。
─ この制度導入に踏み切った理由を聞かせて下さい。
隅野 今の若者世代を中心に、ワークライフバランス、あるいは自分のキャリア形成に対して強い意思を持っている仲間が確実に増えています。その中で転勤を希望しない社員や、本格的に専門的な仕事をしたいという社員もいます。
ただ、転勤があるのであれば、第一生命で働くことに躊躇してしまうような若手もいますから、転勤は各自のキャリア形成や家族の事情などを踏まえて、同意する場合のみ実施します。
そうは言っても、全国津々浦々でビジネスをする第一生命としては、全国転勤型社員も必要です。入社する時から全国転勤が大前提となる役割の社員も採用します。入社後にキャリア志向が変わるケースもありますから、柔軟に対応します。
─ 社員に対しては、どんなメッセージを伝えていますか。
隅野 第一生命の現中期経営計画のキャッチフレーズでもある「成長と変革」を伝えています。これだけ時代の変化が激しいと、立ち止まっていては後れを取ります。常に成長志向で変わり続ける勇気を持とうと。
また、私は昔からスポーツや大勝負に行く時に自分を鼓舞するために「いざ、前へ」という言葉を使っており、これを社員にも伝えています。