
物流はインフラそのもの!
─ 建設機械メーカー・コマツのトップを歴任し、経団連では経営労働政策特別委員長も務めた大橋さんから見た日本の物流の現状を聞かせてください。
大橋 人口減少が進んでいく中で人手不足が深刻化していますが、その中で物流はGDP(国内総生産)の約1割を占めており、就業者数は約230万人です。生産年齢人口が約6000万人ですから約4%の人が物流業に従事しています。
また、日本の企業が物流費にいくら払っているかというと、売上高の約5%です。日本の企業の売上高利益率の平均が5%程度ですから、物流費のウエイトは結構大きいと言えます。その物流費がコストと捉えられていることに懸念を感じます。
食料品でも何でもモノが消費地に運ばれて初めて消費されますし、自動車などの完成品も目的地に運ばなければなりません。介護をする人も実際に現地まで移動して初めて介護というサービスを提供できます。そうして経済は成り立っているのです。それなのに、物流費をコストと捉えて値下げし続けていれば日本のインフラや社会は成り立ちません。
昔と違って今は人口減少の局面です。1人の女性が生涯で産む子どもの数を示す合計特殊出生率が1.14となり、約1億2000万人の人口が2040年には約1億1000万人、2100年には約5100万人と、どんどん減っていく中で、小口多頻度納入など荷主企業の経営効率の観点では重要な戦略だったことが、今後も継続できるのかどうか。それが懸念されます。
物流業に人が集まらなければ、だんだん物が運べなくなるのです。そうなれば結果として、経済も回らなくなる。ひょっとしたら、食料が足りなくなる地域も出てくるかもしれません。
─ あらゆるモノが物流によって成り立っていると。
大橋 ええ。一般的なモノだけではなく、電気も燃料を発電所などに運んで発電、供給しているわけです。そういう意味で言えば、物流はインフラそのものであり、国や社会を支えているものになります。そういった物流業で人が減っていくという状況を鑑みると、私は大ごとだと思うのです。
2年前にトラック運転手の残業時間が制限されたときは「物流2024年問題」として、24年に19年比で14%の荷物が運べなくなるかもしれないと大騒ぎになりましたが、何とか乗り切ることができました。しかしそれで問題が解決したわけではありません。国の当初の試算によれば、このまま何も対策を取らなければ、30年には国内の荷物の約34%が人手不足などにより物理的に運べなくなると見込まれています。
─ 24年は凌げたとしても、根本的な解決策は講じられていないということですね。
大橋 そうです。24年はトラックへの荷物の積載効率が上がり、運ぶ荷物の量も減ったため、多少落ち着いたと言われています。しかし、それはその場凌ぎでしかありません。このまま荷物が運べなくなれば、製造業も材料が入ってこないためにモノが作れなくなりますし、完成したモノをお客様のもとに届けることもできなくなります。
ですから、物流問題は明らかに経営問題なのです。それなのに、今まではコストと位置付けられて生産や物流の担当者に任せたままでした。要は経営のトップではなく、現場に近い担当者に任されていたわけです。しかしこれからは違います。運ぶ人がいなくなるのですからね。
労働時間、賃金、積載効率、高齢化など課題は山積み
─ これは経営の問題であると同時に国の問題、安全保障の問題とも絡んできますね。
大橋 ですから、私もJILSの会長を引き受けたのです。自分なりにそういった問題意識も持っていたからです。当初は賃金が気になっていたのですが、人が集まらない最大の理由は物流業に魅力がないということです。荷主との力関係の中で厳しい立場に置かれ、運賃も安い。これでは魅力ある業界とは言えませんからね。
そこで国も改革に動き出し、働き方改革で残業時間の上限を年間960時間に制限しました。ただ年間960時間に制限するといっても、1カ月当たり80時間となり、他の業界ではあり得ない時間です。規制前のトラックドライバーは、時に960時間を超える長時間労働を強いられることもあり、規制開始前の22年の大型トラックの運転手の総労働時間が年間平均で2568時間にも及びました。全産業の平均が2124時間ですから、実に450時間も長かったのです。
仮に年間240日の稼働だとして1日8時間働いて1920時間、最近は240日稼働ではなく、210~220日(1680~1760時間)稼働と言われていますので、大型トラックの運転手の労働時間がいかに長いかが分かります。
加えて、労災における脳・心臓疾患が一番多い業種がトラック運転手だと言われていることもあり、トラックドライバーの先行きを考える上で大変気になるところです。こういった厳しい労働環境にあるにもかかわらず、平均賃金は全産業平均より下回っています。さらに、物流業界は基本的に多重下請け構造となっており、中小運送会社ほど下請けの階層が深くなるため契約を切られるリスクを抱えてしまいます。
建設業では、国土交通省が下請け取引の適正化を図るために「建設Gメン」が取引の実態を調査し、一定の効果を上げています。製造業でも同じです。物流業では、荷主に対して「トラックGメン」がにらみを利かせていますが、可視化されている大手企業から中小企業に発注されている仕事量は全体の約2割。残りの大半は中小対中小、あるいは小対小なのです。
─ 二重構造ですね。
大橋 ええ。加えて物流として解決が難しいのは積載効率の問題です。行きの積載効率が100%や9割でも帰り荷がないため、積載効率が上がらない(儲からない)のです。荷主も運送会社に対して一方的な対応をとっているわけではないと言っていますが実態は違うわけです。
─ 高齢化もあります。
大橋 その通りです。大型トラックの運転手の平均年齢は約50.2歳です。また、中小型トラックの運転手の平均年齢も47.8歳になります。ところが、20年前の大型トラックの運転手の平均年齢は42.7歳でした。この20年間で平均年齢が7.5歳も上がっているのです。
さらに過去7年間の統計を取ると、7年間の間に2.9歳も平均年齢が上がっています。ものすごい勢いで高齢化が進んでいるというのが実態なのです。しかも一方で、40歳未満の大型トラックの運転手が2000年で46%を占めていたのが、今では4分の1に過ぎません。どんどん若い人が減っているのです。
─ 歯止めをかけなければ立ち行かなくなります。
大橋 その通りです。私はこの物流の現状は、もはや経営におけるコストの話ではなく、社会課題であり、経営課題であり、安全保障にも絡む話だと捉えています。以前、経団連で働き方や賃金問題を担当していましたが、日本の産業界は重層構造で、下にいけばいくほど、しわ寄せが及んでいるという現実があります。
新設された「CLO」の役割
─ そういった課題が山積する中で、JILSの立ち位置とはどんなものになりますか。
大橋 JILSはトラック運送会社や鉄道会社、海運会社をはじめ、モノを作って出し手となる発荷主や荷物を受け取る着荷主も会員として加入していますし、物流機器メーカーやトラックやフォークリフトのメーカー、倉庫会社もメンバーです。
さらに一橋大学名誉教授の山内弘隆先生や流通経済大学流通情報学部教授の矢野裕児先生といった物流の専門家や働き方・労働問題の専門家である立教大学経済学部教授の首藤若菜先生といったアカデミアの方々も理事に就任いただいています。
協会としての構えは広範囲ですから、ニュートラルに物流のステータスを上げて欲しい、物流費をもっと高く払って欲しいという提言をしているわけではありません。物流やロジスティクスに関する課題を見ながら、それを解決するための情報交換をし、ソリューションを考えていこうという団体になります。
5月にJILSが主催した「特定荷主/物流統括管理者のための情報交換会」。
9月10日(木)には東京ビッグサイト会議棟で「第1回物流統括管理者連携推進会議」の開催を予定している(最新情報はJILSホームページにて)
─ では、どんなソリューションを図っていくかですが。
大橋 今年4月、いわゆる「改正物流効率化法」が本格施行され、年間取扱貨物量が9万トン以上の事業者を「特定荷主」とし、特定荷主は自社の中で物流・ロジスティクスを管轄する役員クラスの責任者を選任することが義務化されました。この責任者が「物流統括管理者(CLO)」になります。
特定荷主は荷待ち時間や荷役時間などの物流に関する様々なデータを可視化し、KPI(重要業績評価指標)を定め、その指標に向けて改善する計画を作って報告することが義務付けられました。計画書は5年に1回提出することになっており、今年の計画書は今秋までに提出しなければなりません。
─ CFO(最高財務責任者)やCTO(最高技術責任者)などの物流版ですね。
大橋 そうです。私はCLOのような役職が必要だと思っています。物流は1社では効果のある行動をとれません。サプライチェーンの全ての荷主、物流業者などステークホルダーとの連携がキーとなり、CLOは自社最適解だけでなく、全体最適化を進めるため、他社・他業界との連携を取っていける人を選任することが重要です。
今後、各CLOがどんな計画書を提出するかが注目されるのですが、JILSとしては「物流統括管理者連携推進会議(J-CLOP)」を立ち上げ、物流統括管理者の取り組みに応じた実務支援及び企業間連携の促進を通じて、法令遵守・物流の最適化を通じた企業価値の向上・社会課題の解決に貢献することを目的として活動しています。
─ 機運は出ていますか。
大橋 法律が施行されたばかりなので、まだ様子見という企業が多い気がします。ただ、これは省庁をまたぐ取り組みになります。実際、私が所属するコマツのようなメーカーは経済産業省の所管ですから同省に届け出ますが、食料品メーカーですと農林水産省に届け出ることになります。それだけ政府も国を挙げて動き出しているのです。
その中で我々JILSは公益的な意図でつくられている公益社団法人です。物流の業界団体のように、自分たちの権益を求めるところではありません。そういう意味ではニュートラルでフェアな立場になります。
だからこそ、社会課題の解決に向けたソリューションを発信していかなければなりません。さらにJILSは「JILS総合研究所」というシンクタンクの機能を持っていますので、物流に関する様々なデータを集めて解析することもできます。
中小運送事業をどう支えるか?
─ 流れを見通すことは大事ですね。場合によっては、再編成も出てきそうですね。
大橋 そうだと思います。実際、建設業でも倒産や廃業する会社が結構出てきています。倒産・廃業すれば、その会社の仕事は他の会社が受け持つわけですから再編成が進む形となります。ただこれは、大手というよりも中小企業です。しかし大事なのは、その中小企業です。
物流業でも同じです。荷物を運ぶのも大半が中小運送事業者になります。低い賃金では新しい就業者も集まってきませんし、低い収入では利益もでません。トラックを購入しても償却費も賄えない。しかも、ガソリンや軽油代が上がってきたらさらに経営は厳しくなります。
そういう様々な問題に直面した中小企業が、もう事業を辞めよう、あるいは親の代までは続けることができても、その次の代では辞めるといったケースも出てきてしまうかもしれません。そういった課題にもどう向き合っていくか。これは産業界全体で考えていかねばなりません。
