工場の自動化や情報化を進め、AIやIoTを導入すれば、製造業のDXは実現できるのか。重要なのは、個々の技術を導入するだけでなく、製品設計から生産システム、生産運営までをつなぎ、工場全体を最適化することだ。では、「全体最適のDX」をどう実現すればよいのか。

9月17日に開催された「TECH+セミナー 製造業DX 2026 Sep. スマートマニュファクチャリング実践 現場価値創出から全体最適へ」に、慶應義塾大学 名誉教授でSMCT 代表取締役社長の松川弘明氏が登壇。「統合エンジニアリングによる全体最適経営の実現」と題し、次世代スマート工場に必要な管理技術と「統合エンジニアリング」の考え方を解説した。

次世代スマート工場を支える管理技術

松川氏は講演の冒頭、全体最適のDXを考えるうえでは、まず目指すスマート工場の姿を明確にする必要があると指摘した。最終的にどのような工場を目指すのかが定まらなければ、何を「全体最適」とするのかも決められないためだ。

そこで同氏は、工場の進化を5つの世代に分けて説明した。機械化、自動化、情報化を経て、第4世代ではAIやIoTなどを活用したプラットフォーム化が進む。これを現在のスマート工場と位置付け、その先の第5世代、すなわち次世代スマート工場を実現することが「全体最適のDX」だと考える。

  • 工場の5段階モデル

    工場の5段階モデル

そのために欠かせないのが「管理技術」である。松川氏は、自動化や情報化といった固有技術だけでは、次世代スマート工場を実現できないと話す。同氏自身も関わった「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」では、中核となる固有技術を管理技術が取り巻く構図が示されている。スマート工場を実現するには、自動化や情報化に加えて、同期化、自律化、最適化が必要になるという。

「固有技術は非常に重要で、これがなければスマート工場を実現することはできません。しかし、その周りを囲む管理技術がなければ、同じくスマート工場は実現できないのです」(松川氏)

自律統合型で部分最適と全体最適を両立

こうした考え方を工場全体の仕組みとして具体化したものが、自律分散統合型システムである。

自律分散統合型では、工場を構成する複数のモジュールがそれぞれ自律的に動き、その間を自律統合制御基盤が調整する。全てを中央で一括して制御するのではなく、各モジュールの自律性を保ちながら全体を統合する考え方だ。

ただ、松川氏によれば、現在はこうした統合の多くを人による「すり合わせ」が担っているという。生産システムが複雑であるため、各領域を機械的に一元管理することが難しく、人の調整によって全体をつないでいるのが実情だそうだ。

では、そもそも何をもって「最適」とするのか。同氏は、企業の間で全体最適の重要性が認識される一方、最適化そのものの意味が十分に理解されていないケースがあると指摘する。

最適化を行うには、まず目的と制約を明確にする必要がある。そのうえで、何を変えて最適化するのかという決定変数と、計算の前提となる条件や値であるパラメーターを定める。こうした条件を明らかにせず、属人的に調整している状態では、最適化の中身も曖昧になる。

松川氏はさらに、部分最適と全体最適の有無によって4つの類型を示した。全体最適のみを行うトップダウン型、部分最適のみのボトムアップ型、どちらも行わない場当たり型、両方を行う自律統合型である。

  • 部分最適と全体最適の4つの類型

    部分最適と全体最適の4つの類型

自律統合型を1つの在るべき姿としつつも、全ての企業が同じかたちを目指す必要はないと同氏は言う。小規模な組織ならトップダウン型で十分な場合もある。コストなどの制約から、場当たり的な対応を選ばざるを得ない場合もある。重要なのは、特定の型が一律に正しいと考えるのではなく、自社の状況に応じて選択することだ。

一方、全ての要素を中央に集めて最適解を求めようとすれば、計算量という別の問題が生じる。変数や条件が増えるほど組み合わせは急増し、全てを総当たりで計算することは難しくなる。松川氏が自律分散統合型を重視する背景には、この計算上の制約もある。

AIを活用すれば、この問題を解決できるのだろうか。同氏は、各モジュールとその統合の双方でAIを使う考え方には「一部賛成」としつつも、工場にはさまざまな不確実性が存在するため、AIだけで全体最適を実現できるかについては慎重な見方を示した。

「AIは基本的にパターンを見つけるのが得意な手法ですので、本当にうまくいくのかは、もう少し時間をかけて考えないといけない問題だと思います」(松川氏)

製品設計から生産運営までをつなぐ統合エンジニアリング

こうした全体最適を、実際のものづくりでどう実現するのか。松川氏が講演の中心テーマとして示したのが「統合エンジニアリング」である。

対象となるのは、製品設計、生産システム設計、最適生産運営の3つだ。同氏は、デジタルツインを基盤とし、そのうえで最適化シミュレーションなどを活用しながら3つを統合していく考え方を示した。

この3領域は、それぞれ独立しているわけではない。工程設計の段階でどの設備を使うかを決めれば、その判断は後の生産計画やスケジューリングにも影響する。

例えば、1つのオーダー、1つのプロセスに対して使用設備を1台に固定すると、その設備に負荷が集中し、人為的なボトルネックが生まれる可能性がある。工程設計の段階で代替設備も選べるようにしておけば、後の生産計画やスケジューリングで負荷をならしやすくなる。松川氏はこの例から、工程設計の時点で生産計画やスケジューリングまで考える必要があると説明した。

製品設計についても、開発の性格によって統合の必要性は変わる。同氏は、製品そのものの創造に集中するラジカル・イノベーションでは、生産システムを切り離して考える選択肢もあるとする。一方、市場を起点とするインクリメンタル・イノベーションでは、製品だけでなく、生産システムやその運営まで考えながら開発する必要がある。

「我々はすり合わせが非常に得意だということで、ボトムアップ的に工場を管理してきましたけれども、これからの戦いは、トップダウン的な要素を加えないと勝てないでしょう」(松川氏)

生産計画とスケジューリングを分単位で統合

後から人が調整するだけでなく、設計の段階から後の生産や運営までを見通す。その必要性が、とくに表れやすいのが生産計画とスケジューリングである。

松川氏は、現在の生産計画では設備制約や工程間の順序などが十分に考慮されない場合があると指摘する。その結果、生産計画上は成立していても、実際の現場では実行できない計画が生まれる。

そこで現場では、人が調整を加えて実行可能な計画に修正している。ところが、1つの予定を動かすと、その変更が別の加工や工程にも波及する。結果として、現場では代替設備を探したり、予定を組み直したりする作業が繰り返される。

同氏は、実務経験を基にした2か月分の生産計画の例を使い、この問題を説明した。従来の生産計画では、まず週単位などの粗い時間軸で設備負荷を見て、その後に細かなスケジューリングへ落としていく。だが、週単位では問題がないように見えても、前後工程の順序や設備制約まで考えると実行できない計画が生じる。

そこで提案するのが、生産計画とスケジューリングを分単位で統合する方法である。分単位まで時間軸を細かくすれば、設備の負荷超過だけでなく、前倒しや後ろ倒しが必要な箇所も具体的に把握できる。松川氏は、現在の計算能力であれば、生産計画とスケジューリングをこの粒度で統合できると考えている。

その実現に向けて同氏が挙げるのが、次世代の生産計画・スケジューリングシステムである「Advanced Planning and Scheduling(APS、先進的生産計画・スケジューリング)」だ。必要な条件として、多目的最適化、制約条件を追加しやすいモジュール化、高速な最適化を挙げた。

講演では17項目の制約条件を示し、自ら確認した国内外のスケジューラーには、それらを全て満たすものはなかったと説明した。製造現場にはさらに多くの制約が存在するため、必要な条件を柔軟に追加できる仕組みが重要になる。

  • APSの制約条件

    APSの制約条件

「Manufacturing Execution System(MES、製造実行システム)」についても、松川氏は既存の仕組みに課題があるとする。現在のMESは、今ある業務を支援することが中心で、生産計画が抱える問題そのものを解決するための仕組みにはなっていない。つまり、前提となる生産計画に問題が残ったまま、その計画に基づいて製造を実行することになる。

「間違いを前提とした製造実行システムになっているので、そこから吐き出されるデータも間違いだと言わざるを得ません」(松川氏)

そこで同氏は、最適化シミュレーションを取り入れ、各種の制約を満たしながら生産計画とスケジューリングを統合する「知能化MES」の実現を目指している。

DXはいきなり「要件定義」から始めてはいけない

講演の最後に松川氏は、DXやシステム開発の進め方に話を移した。

まず示したのは2025年度のものづくり白書に掲載された情報処理推進機構(IPA)の調査だ。デジタル化・業務効率化、製品の高付加価値化、新製品創出など7項目について、取り組み状況と成果を比較したものである。同氏は、一部の項目では取り組みが進み、成果も表れていることから、DXは国内で浸透しつつあるとの見方をする。

一方で松川氏は、調査項目に管理技術が含まれていないことを惜しんだ。

さらに、システム開発についても、いきなり要件定義から始める現在の進め方に問題があると指摘する。ユーザーの要求通りにシステムをつくり、その後に改善を続けても、管理技術や最適化が抜けたままでは「現状維持型」のシステム開発になってしまうという。

では、何から始めるべきなのか。同氏が最初に挙げるのが「データの棚卸し」である。これは、現在どのようなデータを持っているかを確認する作業だ。ただし、何が不足しているかを判断するには、そもそも何を実現したいのかという目的が必要になる。管理技術の原理原則を踏まえ、付加価値を生み出すために必要なデータやモデル、アルゴリズムを考えなければならない。

もう1つ重要なのがグランドデザインだ。松川氏は、この先5年、10年で自社をどのような会社にしていくのかを考えながら、全体のアーキテクチャを描く必要があると説明する。自律分散統合型を採るのか、部分最適と全体最適をどう組み合わせるのかといった判断も、ここで行う必要がある。

その後に要件定義へ進み、個別の課題を解決する。最後にAIを積極的に活用して開発したシステムを導入するという手順だ。

自動化や情報化の技術を導入するだけでなく、目指す姿を定め、製品設計、生産システム、生産運営、システム開発までを全体として考える。そのために管理技術を取り入れることが、同氏の示した「全体最適のDX」なのである。