
1996年11月10日に父が亡くなりました。今の私と同じ66歳でした。今回はその約2年前、ガン再発の告知を受けた直後に書いた本人のメモを公開します。
【本日病院にて由美子・隆太立ち会いのもとに、先生より肺右下部に再発とおぼしき像あり、正式に告知を受ける。動揺が全くないと言えばウソになるが、案外自分でも冷静に受けとめることができ、いささか驚いている。
むしろ家内や子供たち、事実を知らされている身近な人々の受けたショックの方が私にとっては心配であり気になる。気休めかも知れないが、今日只今の心境を書き残しておく。ここにウソやいつわりや誇張は全く無い。負け惜しみも、作為も計算も全く無い。ただ淡々と読んでほしい。
余命は少なくみてあと1年、生存の可能性は今のところ不明だが、零ではない。運に任せるというより、従来の方針通り、一生を費やした医学を信じ、主治医を信じて1年を心ゆくばかり生きてみることしかない。そして幸いにもその後がだめであれば、より高次の生き方ができるだろう。それが無ければ、それもまた良い。
心満ち足りて余裕をもって宣告を聞けた理由は2つある。第一の理由は、自分の今までの人生の充実感である。全く幸運であったとしか言いようがない。私ほど好きな人生の生き方を貫いた人はそう世の中に多くは無いはずだ。
肉親に恵まれ、友人に恵まれ、そしてそのすべての愛と努力があってこそ、いま私の感じている人生の充足感があるのだというこの実感こそ、私が宣告を受けた時、すぐ頭にひらめいたことである。
「我が人生に悔いなし」。この言葉を多くの人々に万感の感謝をこめて申し上げられる人間のなんと幸せなことか。
そして残念ながら一人ひとりの名を挙げることもできず、またその人も望まない何人かの方の蔭ながらの献身的好意が、私の波乱万丈の人生にどれだけの幸運と満足をもたらしてくれたか、私自身にもはかり知ることができない。多くを誇る必要はあるまい。
いずれ私は同じ言葉で本当に自分の人生をしめくくることは確実である。
言い残すこと、後世へのメッセージ、次の世代へのエール、そして感謝とお詫びは、また別の機会に述べよう。まだその時間は充分ある。
第二の理由を簡単に述べておく。私は「我が人生に悔いなし」と言い切った。それならば生まれ変わって、もう一度同じ人生を生きてみるかと問われたら、躊躇なく「それは御免こうむる」と答えるだろう。
愛する人にはまた会いたい。同じ仕事を一緒にやりたい。共に生き、共に喜びたい。そういった多くの人との再会は別にして、同じ人生をもう一度送る気はない。
多分私は70歳まで生きても90歳まで生きても、この考え方は変わることはないだろう。少し早めの休息もまた良きではないだろうか。悲しんでは困る。泣いては困る。私は喜んで人生を終わるのだから。藤井康男】