
人口減少によって世の中が変わった
─ 世界的に政治、経済ともに混沌とした状況が続いています。現状をどう見ていますか。
髙橋 大きな変化が起きていて、20世紀型のビジネスモデルが機能しにくくなっていると思います。歴史をさかのぼると、諸説ありますが、一万年前、縄文時代、人が日本に住み始めた頃、人口1~2万人という時代が長く続いたようです。
それが2000年前、弥生時代になると人口が15万人へ10倍になります。大陸から稲作が入ってきて、植物は全て食べてしまわず、種を植えれば増やせることを会得しました。縄文時代は食べられる植物も、動物も全部食べてしまい根絶やしに、また、冬が来ることに対応ができず、食べものが不足して冬を越せず、人口が増えなかったということのようです。
ところが、弥生に入ると同時に入ってきた鉄により、土を耕す、木を切るといったことができるようになり、寒さを凌ぐ家を作り、食べ物を貯蔵、冬を越すことができるようになり、人口が増えました。
─ ある意味で経済活動が行われるようになったと。
髙橋 計画とか、経済的観念が出てきて「明日」が見え、技術の進歩で「未来」を作ることで人口が10倍にもなったのだと思います。その後は、蒸気機関、電気といった世界では産業革命、日本では明治維新につながる技術革新が連続し、人口が増え続けました。人口が増加したから技術を革新せざるを得なかったのか、技術革新が人口を増加させたのか分かりませんが、一万年間、一度も減ることなく人は増え続け、日本人に人口増加というDNAを宿らせました。
特に1945年に戦争が終わった後の人口増加は、それまでの増加率を凌駕する人口爆発でした。3年間で800万人が生まれたいわゆる団塊世代の皆さんです。今、日本では年間70万人を割る新生児しか生まれず、特殊合計出生率は1.20、東京では0.99という状況です。
─ 出生率が2ないと人口は増えませんね。
髙橋 そうなんです。団塊の世代の出生率は4.54あったようで、4人兄弟、5人兄弟が当たり前でした。多くの食べるもの、着るもの、住むところが必要になり、経済は一気に成長して行きました。
人々の暮らしも最低限の充足から、徐々に贅沢になっていきます。ラジオはテレビになり、テレビはカラーに進化しました。冷蔵庫や電気洗濯機、自動車も各家庭に行き渡りました。人々にモノを行き届かせるために経済は大いに成長を続けました。
ところが、この永遠に続くと思われていた経済成長は、1990年のバブル崩壊とともに突然、終わりを迎えました。実は、この時、同時に出生率が下がり始め、人口増加ペースにも急ブレーキが、かかっています。
その後、35年間、長く経済の低迷が続いていますが、この間、人口は増えなくなりました。経済が不振で先行きが不安だから人口が増えないのか、人口が増えないから経済が成長しないのか、どちらも真理ではありますが、いずれにしても、1万年続いた人口増加と経済成長の連動が終わり、社会や経済の構造が大きく変わったのではないかと思います。
かつての経営モデルを変えられなかった日本
─ 人口が増えない中での経済になったと。
髙橋 バブルが崩壊した後も正確にはしばらく微増が続き、1990年から18年間は、ほぼ横ばいを維持しましたが、ついに2008年にピークを迎え、以後、減少に転じています。言わば、ここが分水嶺で人口増加と経済成長の時代から人口減少、循環型経済への移行が始まったと思うのです。誰も経験したことない過去の経験をそのままでは活かすことのできない時代に入ったと考えています。
─ 髙橋さんは当時、信用金庫でどのポジションでしたか。
髙橋 私は、高度成長期の終盤、83年に西武信用金庫に入りました。バブル崩壊までの7年、営業係を担当していました。当時は、街中の景気がよくて、皆さん儲かっていて、私の仕事はお金を集めてさえいればよくて、お金を借りたいという方は、いくらでもいた時代でした。忙しかったけれど楽しかったです。
今、日本の企業は約330万社あると言われ、その99.7%は中小企業です。バブル崩壊前、高度成長期のピークでは600万社近くあり、うち7割が黒字経営だった時期もあったようです。今は330万社と半分になり、その65%が赤字経営というデータもあります。人口が横ばいになっただけの35年で、状況は一変してしまいました。
─ 賃上げの機運は高まっていますが、大企業は上げられても中小企業では、簡単ではないという現実がありますね。
髙橋 賃金は本来、経済成長と共に上がって行くわけですが、この35年間、経済が低調な中、賃金は上がりませんでした。
この間、日本銀行はマイナス金利という異例の策まで使って、金融緩和を継続しましたが、経済が2%の安定成長になるには至りませんでした。
ところがロシアのウクライナ侵攻によって突如、エネルギー、食品などの価格が上昇しました。経済が回復しない中で、物価が先に上がってしまったわけです。
戦争による物価高であり、本格的経済回復によるものではありませんでしたが、個々の生活を守るためには賃金の引き上げが必須となり、また、ここを転換期と見た日銀も金利引き上げに転じたことで、金融緩和基調は終了し、物価、賃金、金利が揃って上昇局面に入っています。
実態経済の回復がない中で、この3つを上げ続けることは難しいように思います。しかも、モノについては人々の手元に行き渡り、人口増加による新たな需要も見込めない中、生産する「数」が増える、消費される「数」が増えといった本来の経済成長の回復は簡単には見込めないのではないでしょうか。
─ その中で金利、物価が上がり、給与も上げていかなければならないと。
髙橋 そうです。企業業績の維持さえ難しい時代に、給与を上げていかないとならない。
今後、本質的に重要なことは、人口減少社会に対応した経営に転換することだと思っています。従来の人口増加社会を背景として経済が拡大する中での経営との違いを考え、単純な拡大・成長一辺倒の経営から、成長しなくても利益の出る経営、あるいは、持続可能な経営体質への転換も必要だということです。
また、そのためには、それぞれに何が強みで、何を活かして人口減少社会に挑むかを整理することや、これまでのフルセット型ではなく他者との連携・協力、協調を選択肢とすることも20世紀にはなかった発想です。
かつて、戦争で焼け野原になった日本を、わずか70年で素晴らしい国にしてくれた団塊の世代の皆さんには感謝しかありませんが、一方で、その成長重視の成功モデルをなかなか変えることができないのではないでしょうか。
─ 新しいものをつくる必要がありますね。
髙橋 西武信用金庫では、5年前に思い切って成長優先路線を捨て、様々な数値目標を全廃しました。自己の成長ではなく、今、取引のあるお客様のために行動することを最優先に、30年続けてきた中小企業の本業支援に経営資源を集中投下しています。その結果、延滞率0.01%と不良債権の劇的な削減につながり、運用益に頼ることもなく(含み損なし)、収益構造は安定し、過去最高益を更新しています。量より質を重視した「成長しなくても利益が出る循環型経営」に転換しました。
いずれ、08年以降に生まれた人口減少のDNAしか持たない人に社会は入れ替わることになりますが、従来のものがなくなろうとする時、新しいものが準備できていないことを危機と呼ぶだろうと思っています。どう変わるのかは分かりませんが、今まで通りの世界ではなくなるはず、というのが、私の基本的な考え方です。
コミュニティづくりこそこれからの時代に必要
─ 社会全体に危機感が薄いという問題があると思います。今を担う若い世代を含め、当事者意識を持って取り組まなければ日本の将来が危うい。
髙橋 そう思います。ただ、今の若い人たちと話していると、思った以上に未来に危機感を持ち、スタートアップ企業として、様々な社会課題を解決しようとする方々も大勢いることに気づきます。
その皆さんが作ろうとしている未来は、私たちが作ってきた社会とは明らかに違うものになる気がします。彼らは生まれてから一度も私たちのような「競争」を煽られたことがない穏やかでやさしい人たちだからです。
これまでの日本は、少しでもよい大学を出て、よい会社に入って、人を出し抜かなければ生き残れない時代でした。成長の産物を奪い合っていたわけですが、今はもう成長による余剰分などなく、奪い合う余地はありません。
その時、大切なのは、「今、あるものを大事にする」というのが私の基本の考え方です。他から奪い成長するのではなく、今、持っているものを育み、質を高め、循環型経営に体質転換することです。その中では、小さいことや地方が不利という概念もなくなります。
─ 発想の転換が必要だと。
髙橋 ええ。20世紀型の考え方から転換して、持続可能な小さな循環をつくっていくことを考える。江戸時代の考え方に近いのではないかと思っています。まだ、人は生まれた場所で亡くなる時代でしたから、生涯を通じ、地域で自然発生的に協力していました。そうした他者との連携・協力、協同が、これからの時代の1つの考え方ではないかと思います。
─ 西武信用金庫を経営する上での基本的な考え方は?
髙橋 信用金庫は株式会社ではなく、相互扶助を理念とする協同組合です。私はその「協同」という考え方を原点、基本にしています。
協同組合は江戸時代の中頃から明治にかけ、貨幣経済や資本主義的な考え方が台頭する中、万能ではない資本主義や中央から取りこぼされまいと力の弱い方々や地域の人々が集まり、協力、相互扶助し、生まれました。資本主義を補完していく役割を「協同」が担っていました。
その相互扶助は、今の言い方でいうとビジネスマッチングになると考え、私たちが最も精力的に取り組んでいる事業の一つです。また、若手起業家や後継者を育成する「ニューリーダーズクラブ」、「100年企業の会」やスタートアップ企業が集う「スタートアップネクサス」、女性後継者を支援する「跡継ぎ娘の会」など、たくさんのプラットフォーム事業を運営しているのも皆さんが集い、連携する機会を提供しているものです。
人口増加の中で機能してきた資本主義は、人口が減少に転じた今、機能しにくくなり、多くの取りこぼしを起こし、穴が開きだした。かつて資本主義が成立する過程で出来た穴を「協同」の精神が埋めようとしたように、21世紀の人口減少社会で発生する穴を埋めて行くのも「協同」の理念だと思います。
─ 資本主義が見直される今、協同の精神が大事だと。
髙橋 今から35年前、バブル崩壊以降に生まれた方々は、人口増加を知りません。特に2008年以降に生まれた18歳より若い皆さんは人口減少しか知りません。
我々の時代は兄弟が多く、三男、四男はコタツに入ることができませんでしたが、彼らは兄弟が1人いるかどうかという世代で、むしろ1つ席が余り、食事の順序やおやつの争奪戦もありませんでした。小学校の徒競走は全員が一着という配慮があり、幼少からのスマホは、デジタルをネイティブにし、あらゆる情報に接する機会を提供しました。何不自由なく、自分で考えながら、暮らしてきました。定員割れを起こしている大学は、過度な競争もなくなり、誰でも入れるところになっています。
ところが就職して会社に入ったら、いきなり営業目標を言われ、企業の成長の一翼を担う戦士だと教育される。命令された数値の達成こそが全てだと。それまで自分で考えて、やりたいことをやってきた世代からすると相当ショックでしょう。
(第2回に続く)