【金融国際派の独り言】長門正貢・元日本郵政社長【 6月12日。デジタル時代到来の鐘を聞く】

6月12日、イーロン・マスク氏のスペースXが米ナスダック市場に新規上場(IPO)した。同日調達額は750億ドル(12兆円)で過去最高。終値時価総額は2・1兆ドル(340兆円)、いきなり世界6位。4位マイクロソフト(2・9兆ドル)、5位アマゾン(2・5兆ドル)に迫る勢いだ。

 二つの事実に驚く。まず、巨額調達。スペースXは現在、赤字。将来の売上・収益・競争力も全く読めず時価総額は正当化し難い。『才人マスクの経営。ロケットを回収・再利用、低軌道衛星通信も編み出す。今後はAIにもフル注力、壮大な宇宙ビジネスを展開する筈だ』との期待だけが巨額調達の根拠だ。

 マスクには前歴がある。テスラだ。トヨタ自動車時価総額44兆円に対しテスラは1・5兆ドル(240兆円)、トヨタの4倍だ。トヨタは年間1100万台を販売、純益3・8兆円。テスラは160万台で純益6200億円。「マスクが車業界の未来を変える」という期待が時価総額・大逆転の根拠になっている。

 無論、株価は単純算数だけでは決まらない。我が国でも現在進行中だ。バブル崩壊前の日経ダウ最高値3万8915円を超えるのに30年を要したのに、最近、短期間の内に日経ダウはいとも容易に7万円に達した。

 株価通り、日本企業の実力は2倍になっているのか。むしろ、積極的値上げ、円安、日本市場のより投資適格化、等が好調株式市場の主因に見える。

 二つ目の驚き。議決権の8割をマスク個人が握っていることだ。株主は彼の経営戦略に反対出来ない、解雇出来ない。マスクのやりたい放題体制なのだ。こんな弱いガバナンス体制にも拘わらず、米国市場はいとも簡単に今般IPOを実現した。

 良くも悪くもこれが米国の強さの一つの理由だと感じる。米国のみにマグニフィセント・セブンが産まれ、我が国には産まれない。衰えたと言うが米国はまだまだOpportunityの国だ。

 知恵と野心があれば移民の子でも誰でもカネと支持を集め、大金持ちにも国務長官にもなれる。西部開拓時代と同様、今もリスクだらけだ。しかし、米国には今なお光輝くFrontierがあるようだ。

 同じ日。日本ではキオクシアホールディングスが時価総額45兆円を計上し、トヨタを抜き我が国トップになった。我が国でもいよいよ強いデジタル業界誕生か、と少し驚きつつ少し嬉しかった。

 未だ道遠し、だが。エヌビディアは4・96兆ドル(793兆円)、韓国サムスン電子は1・35兆ドル(216兆円)なのだから。AIはじめ、デジタル時代の鐘の音が聞こえた6月12日だった。