
インフレが定着する中資産形成の行方は
「中東情勢の緊迫や原油高、ボラタイルな相場環境など、短期的な市況変動はあるが、デフレからインフレ経済に転換し、現預金からリスク性資産に持ち換えるなど、適時かつ柔軟に対応していかなければいけない」と話すのは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券社長の関浩之氏。
米国・イスラエルによるイラン攻撃は米・イラン間で停戦に合意したものの不透明な状況が続く。ただ、2026年2月28日の攻撃開始以降も、日経平均株価の上昇は続き、7万2000円を超える局面もあった。
その意味で、関氏が言うようなインフレ経済への転換が株高の要因と言える。「資産運用立国を始め、資本市場の成長、直接金融の強化を軸とする経済政策も追い風になっている」と関氏。
その意味で、証券会社に求められる役割は重要度を増す。証券会社は、個人や機関投資家などの資金運用主体と、企業・政府などの発行体・資金調達主体との間を結ぶ直接金融の仲介者として、「銀行を中心とした間接金融中心の資金循環を、資本市場を通じた直接金融へとシフトさせ、企業・産業の成長と家計の資産形成を一体的に推進していくことが重要」(関氏)
日本の個人金融資産が2000兆円を初めて超えたのが21年のこと。そこから5年が経ち、今や2400兆円を超える規模にまで増加している。この金融資産を、国内の企業・産業の成長投資に振り向けて、企業価値の向上を促すとともに、個人の資産形成と両立させていくか。
特に前述の通り、インフレが定着しつつある中で現預金の実質価値の低下を回避する必要があり、証券会社としては「貯蓄から投資へのシフトによって、物価上昇を上回る実質的な資産形成を促進していく必要も生じている」と関氏。
AIの進化でビジネスの前提が変わる
そして今、AI(人工知能)などデジタル技術の進化が目覚ましく、金融にとどまらず、この技術をどう活用するかが問われており、関氏は今後5年、10年を見据えて「これまでのビジネスの前提を大きく変えていくことになる。従来の証券ビジネスをもう1回見直し、対応しなければいけない」と事業のあり方を見直す考えを示す。
顧客のニーズに応じて、大きくは人が相談を担い、対面で行う「フィジカル領域」と、AI・デジタルの活用により非対面で行う「デジタル領域」に分かれていくと見ている。
「フィジカル領域」では、ウェルスマネジメントや投資銀行、グローバルマーケッツなど、高い専門性といった「人」の付加価値が求められる業務を扱う。一方で「デジタル領域」はAI・デジタルの活用で高い利便性が求められるリテール(個人向け)事業が該当するという方向性。
これを、証券事業にとどまらず、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の様々な事業をグループ横断で顧客に最適なサービスを提供していくために「事業形態を不断に見直し、最適な形に変化させていくという方向感」(関氏)
では、このような認識の上に立って、関氏は三菱UFJモルガン・スタンレー証券という会社を、どういう方向に持っていくことを目指しているのか。
関氏は「『クオリティナンバーワン、お客様満足度ナンバーワンの証券会社』を目指す」と強調。そのためにも、三菱UFJモルガン・スタンレー証券ならではの「唯一無二」の武器を深掘りし、質を伴った成長と、業界内でのポジション向上を目指していく。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券が持つ、他の証券会社が持たない唯一無二の武器は、1つはMUFGという日本最大の金融グループが持つ総合力。そしてもう1つは、米国及び世界有数の投資銀行であるモルガン・スタンレーとの合弁会社であること。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券は設立から16年が経つ。米大手投資銀行と日本最大の金融グループが組む合弁会社という世界でも例のない取り組み。MUFGが60%、モルガン・スタンレーが40%という出資比率となっている。
特に、モルガン・スタンレーとの提携は重要。MUFGとモルガン・スタンレーが、それぞれ強みを持つ領域でシナジーを発揮し、顧客に質の高いサービスを提供できるかが問われる。前述のAIの活用についても、モルガン・スタンレーが米国で培ったノウハウや、インフラを日本でも活用することを考えている。
「レンディング」が大きな武器に
さらなる成長に向けて、具体的にどんな取り組みをしていくのか。まず、「ウェルスマネジメント」と呼ばれる個人部門では、三菱UFJモルガン・スタンレー証券が進めてきた「アドバイザリー型ビジネス」で提供するツールの高度化を進める。
日本の各証券会社は、かつての手数料ビジネスから、顧客の資産を増やすために伴走するというビジネスモデルへの転換を進めてきたが、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は19年という早い時期から、「アドバイザリー型ビジネス」への転換を進めてきた。
それ以外にも、企業の従業員に向けてサービスを提供する「職域ビジネス」を推進して潜在顧客を掘り起こしたり、部門横断でオーナー経営者の事業承継支援を行うなど、証券ビジネス全体の拡大を図る。
そして、今回最も重要視しているのが、顧客が保有する金融資産を活用した貸出「レンディング・サービス」の拡充。これによって、「銀行との連携をさらに強めるとともに、レンディング・サービス自体の資金収益も上がっていく。さらに、担保種別が拡充されていくと、今まで見えていなかったお客様の預かり資産も見えてくる」(関氏)
そのことによって、顧客のポートフォリオの入れ替えのアドバイスをする形で取引頻度が上がったり、提供できるサービスが多様化し、会社の成長に結びつくということ。
今、日本の独立系証券会社は銀行業務の強化に動いている。野村ホールディングスは25年から野村信託銀行を中核に「バンキング部門」を第4の柱として強化を進めている。また、大和証券グループ本社は24年にあおぞら銀行と資本業務提携したことに加え、26年に入ってからオリックス銀行を3800億円で買収している。
ただ、三菱UFUモルガン・スタンレー証券には三菱UFJ銀行という強力な銀行が同じグループにある。これは他の証券大手との大きな差別化ポイントになる。関氏は「レンディングの収益に加えて、量的なスケールアップを図ることができるような付随取引が見込めるようになる」と期待を寄せる。
こうした取り組みで顧客基盤を拡大し、26年3月期で預かり資産約56兆円のところに、中長期的に10兆円を積み増すという目標を掲げる。それを担う営業人員も、数百名規模で拡大させていく。
こうした「量」だけでなく「質」の向上も同時に追っている。「あくまで当社内の試算だが、営業員1人当たりの収益性・生産性は同業他社に比べて、すでに相応に優位にあると考えている」と関氏は自信を見せる。
生産性、収益性が高いということは投資余力もあるということ。こうした余力を、証券ビジネスを担う「人」にも投じていく考え。
「19年以来の構造改革、アドバイザリー型ビジネスへのモデルシフトなどが結実して質的向上は図られてきた。今度は質を伴ったスケールアップに入っていくフェーズに入ったという手応えを感じている」
また、市場、グローバルマーケッツのビジネスで、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は日本国債(JGB)のプライマリーディーラー(国債市場特別参加者)として、常に落札シェアナンバーワンの実績を挙げ続けている。「実態的にJGBハウスナンバーワンのプレゼンスを有していると認識している」(関氏)
日本銀行が政策金利を1%にまで引き上げるなど、「金利ある世界」への回帰がさらに進むと同時に地政学リスクもある中で、市場のボラティリティ(変動性)は高い状況が続く。それだけに金利リスクのコントロールは難しさを増しているが、その中でもJGBの流動性を供給し続けることを目指している。
このJGBでの実績を活かして、円建ての国内一般債や事業債などのクレジット商品の取引強化や、25年5月に設立した「MUFGモルガン・スタンレー・クレジットソリューションズ」という貸金業を行う子会社を通じて、プライベートクレジット商品の組成・販売にも力を入れている。
この領域でもAIの活用が進む。顧客からの円債や外債などの取引注文が入った時、従来の人ではなくAIがマッチングさせる内部システムを構築した他、JGBの細かい注文には自動プライシングで対応、トレーディング戦略にも活用している。
「デジタルアセット」にも注力
そして投資銀行本部では、両社の提携時から、モルガン・スタンレーが世界の第一線で培ってきた投資銀行としてのグローバルの知見やベストプラクティスを、日本の資本市場のビジネスに落とし込み、一気通貫でサービスを提供している点に強みがある。
加えて、MUFGが持つ日本の顧客への理解と信頼関係というビジネス基盤の上に、モルガン・スタンレーが持つグローバルな商品力、提案力、執行力を融合させる「ハイブリッド」が三菱UFJモルガン・スタンレー証券の「唯一無二」の武器となっている。
さらに、MUFGの中期成長戦略で掲げた7つの成長戦略のうちの1つ、「新たな事業ポートへの挑戦」に該当する事業として「デジタルアセット」に注力している。三菱UFJモルガン・スタンレー証券は25年から、リテール向け社債や不動産セキュリティトークンのビジネスを開始。
さらに26年秋には機関投資家に向けてトークン化MMF(マネー・マネージメント・ファンド=公社債などを投資対象とする投資信託)を発行することを目指して、基盤整備に取り組んでいる。
加えて、27~29年度の次期中計期間では、国債などの既存の有価証券のトークン化実装を目指して、MUFG全体でインフラ整備に取り組む方針。
08年のリーマンショックを受けて、危機に陥ったモルガン・スタンレーに9000億円を出資して救ったMUFG。以来18年にわたる両社の関係の象徴が三菱UFJモルガン・スタンレー証券。
これまでは投資銀行での連携が注目されてきたが、今はウェルスマネジメントで、モルガン・スタンレーの米国での成功事例の共有や、同社のDX、AIの知見とITインフラの活用、ビジネスモデルの応用など、実務実装を念頭に置いた議論を進めている。
さらなる融合に向けては「対象分野の可能性を限らず、ウェルスマネジメント、市場、投資銀行などあらゆる分野において検討している。年末までに何らかの進捗発表を目指す」(関氏)
26年4月に社長に就任した関氏は1968年3月兵庫県生まれ。90年慶應義塾大学商学部卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。東京三菱銀行とUFJ銀行の統合プロジェクト、モルガン・スタンレーへの出資・提携交渉にも携わった経験を持つ。その時の上司が前三菱UFJモルガン・スタンレー証券社長で現会長の小林真氏、同僚が現三菱UFJ頭取の大澤正和氏だった。モルガン・スタンレーのCEOであるテッド・ピック氏など、同社経営陣からの信頼も厚い。
「MUFGとモルガン・スタンレーの強みを掛け合わせ、同業他社にない強みを活かして、業界における存在感を一層高めていく」と話す関氏。モルガン・スタンレーとのさらなる提携の拡大、深化、それを活かした他社にない顧客へのサービスの実現など、担うべき役割は重い。