
常温で長期保存ができる無添加の惣菜─。2016年、1年半に及ぶ開発期間を経て当社が開発した日常常温食「うちのや」は、身体が健康状態にあることの支えとなる以外にも様々な波及効果を生み出しています。
鮭の塩焼き、ぶり大根、豚肉の核に、鶏団子の甘酢煮、照り焼きチキン、ひじきの五目煮、じゃがいも煮っころがし、ロールキャベツ、ひとくちおでん、カレー……。これらの惣菜を冷凍・冷蔵することなく、常温で最大2年間保存することができます。ですから、いつでもどこでも手軽に食べられるのです。
しかも、素材の旨みを活かす当社独自の「うちのや製法」で、手作りの優しく懐かしい味わいを実現しています。保存料や着色料は一切使用しておらず、厳選した国産素材を使っているため、食の安全・安心にも健康にも良い食品になっています。
そもそも「うちのや」の開発に着手したきっかけはフードロスをゼロにすることでした。それは当社の事業における課題解決から出発したものでもありました。売れ残った惣菜を泣く泣く廃棄する……。いつも悔しく、もったいないという気持ちを押し殺して廃棄していました。
しかし、「うちのや」であればフードロスを限りなくゼロに近づけることができますし、長期保存することができるからこそ、時短ニーズにも応えることができ、夫婦共働きの世帯の手助けにもなります。また、買い物に出かけることが困難な高齢者や海外駐在員といった〝惣菜弱者〟にも届けることができます。
そして肝心の食の安全・安心や健康・栄養の点では、ミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケートペアで金メダルを獲得した木原龍一さんと三浦璃来さんの「りくりゅう」のお二人が当社の商品をご愛顧してくださっていることがニュースとなりました。アスリートの方々は口にするものには大変な注意を払います。お二人が海外生活を送る中で、当社の商品を信頼できる食べ物として受け入れていただいたことは誇るべきことです。
当社の創業は1975年。私の父が兵庫県西宮市で小さな惣菜店「うちのや」を創業したことがはじまりです。実は当時からフードロスの光景は私の目に焼き付いていました。その頃はまた今のような夫婦共働きの時代ではありませんから惣菜を買うことは、主婦にとって罪悪感を抱く時代でもありました。
しかし、徐々に風潮が変わり、女性の社会進出が始まると、惣菜に対する捉え方も食卓に加わる便利な1品として重宝され、当社の惣菜店は大繁盛となりました。私が子供の頃、家族総出で早朝から仕込みや米研ぎをしていたことを思い出します。
ただ、その後も順風満帆だったわけではありません。阪神・淡路大震災で被災し、街が潰れた後には大型スーパーが登場。商店街は衰退し、姉が父と二人三脚で奮闘しましたが、うまくいきませんでした。そんな折、姉から経理の手伝いを頼まれ、父からバトンを受け継ぎました。
街の惣菜屋から食品メーカーへ─。3年前に全ての店舗事業を終了し、業態を完全に変えました。ただ、中身は50年前と何も変わっていません。今も人の手で野菜を下処理し、父たちが大切にしてきた家庭料理の品質を愚直に守っています。
私はいま、健康づくりやフードロス、一次産業支援、さらには災害支援など、様々な価値を提供できる惣菜に大きな可能性を感じています。単なる食事の1品ではなく、社会全体の持続可能性につながる社会インフラとしての存在に高めていきたいと思っています。