関西医科大学と日本IBMは7月8日、記者説明会を開き、共同で「医療AI共通ICTプラットフォーム」を開発したと発表した。同プラットフォームは、最先端のAI活用シーンを広げる次世代の医療DX基盤となり、同大では具体的な診療支援サービスの第1弾として、医師・看護師向けの「生成AIサマリー作成支援アプリケーション」の運用を開始し、従来から推進している「スマート病院構想」と医療DX(デジタルトランスフォーメーション)をさらに加速させるという。

なぜ医療AI共通ICTプラットフォームが必要なのか

関西医科大学では、2020年11月から医療の質向上と医療従事者の働き方改革を両立させるため、デジタル技術を駆使したスマート病院構想を推進している。すでに、AI問診システム、生成AIを活用した患者対応システム、ICU(集中治療室)入室患者の退院判断支援システムなどを導入し、成果を上げてきた。

  • 関西医科大学における「スマート病院構想」

    関西医科大学における「スマート病院構想」

医療AI共通ICTプラットフォームについて、関西医科大学附属病院 病院長の松田公志氏は「看護サマリーや退院サマリー、外来サマリーなど、医療では多くの文章を作成する。すでに個別で提供されているサービスもあるが、それぞれのAIエンジンが電子カルテに接続する必要があり、手間・コストがかかる。共通プラットフォームは、各サマリーの基本的なプログラムを搭載するだけでAIエンジンが共通で動くため、安価・簡単に運用することができる」と説明した。

  • 関西医科大学附属病院 病院長の松田公志氏

    関西医科大学附属病院 病院長の松田公志氏

関西医科大学 DX推進室 顧問の長岡亨氏は「昨今、ヘルスケア業界では多くのAIサービスが提供されているが、日本国内で処理されているのか、もしくは遺伝子情報などの重要なデータが守られているかは開示されていない。そういったベンダーのサービスはクラウド上で動かしており、われわれはデータを提供しているが、それ以外のことに使われている可能性に神経を尖らせなければいけない。当然、ベンダー側は多くの医療機関のデータを蓄積しているが、ナレッジがエンドユーザーである医療機関へフィードバックされるビジネスモデルにはなっていない。これは大きな問題だ」との認識を示す。

長岡氏によると、生成AIの登場以前は病院主導でどのデータを扱い、どのテクノロジーを利用し、返されるデータは病院側が比較的把握・管理しやすかったという。しかし、生成AIがバズワード化し、医療機関が提供したデータがどのように活用され、その成果がどのように還元されているか見えなくなっていると指摘。

このような状況に対して同氏は「非常に危険なことであり、日本以外にデータが出てしまっている可能性について、ベンダー側は明確な回答を避ける場合があり、そうしたシーンが多くなっている。危険性がある中でビジネスとして医療機関が貴重なデータを提供し、サービスを利用するということが問題意識の根幹にある」と話す。

3病院共通で運用する医療AI共通ICTプラットフォームの概要

医療AI共通ICTプラットフォームは、セキュリティの確保やデータ構造・所在、システム間の連携調整、システム連携に関する課題といった専門的なことについて対応する仕様とした。

  • 医療AI共通ICTプラットフォームの概要

    医療AI共通ICTプラットフォームの概要

同プラットフォームは、関西医科大学附属病院、関西医科大学総合医療センター、関西医科大学香里病院の3病院で共通利用できる診療支援AIの基盤とし、次世代のスマート病院へと進化を遂げるための、「AI・医療データ中核基盤」と位置づけている。

各病院が個別にシステムを構築することなく、高度なAIアプリケーションを迅速に横展開できる。また、医療ナレッジを一元的に蓄積・反復利用し、将来的な医療データの高度化や、最先端の臨床研究を支える技術基盤を確立していく。

また、スマート病院構想の具現化として運用を開始した生成AIアプリケーションは、医師や看護師の深刻な業務負担となっている文書作成の効率化を目的とし、「看護サマリー」「退院サマリー」「外来サマリー」の作成を支援する。

附属の3病院で統合運用されている富士通製の電子カルテシステムと、クラウド上の同プラットフォームを連動させ、電子カルテ内の情報を生成AIが安全に取り込み、サマリーの作成を支援。AIで自動作成された文章は、そのまま診療記録となるのではなく、医療従事者の高い専門的知見による最終判断プロセスを経ることで、正確性を担保しているとのこと。

システムの活用により、例えば看護サマリーでは従来30分程度時間を要したものが5分で完了するなど、定型的な事務的作業を削減。医療従事者が患者中心の診療に注力できる環境を創出するとともに、働き方改革にも貢献する考えだ。

  • 看護サマリーでは従来30分程度時間を要したものが5分で完了したという

    看護サマリーでは従来30分程度時間を要したものが5分で完了したという

医療AI共通ICTプラットフォームを支える3つの技術基盤

プラットフォームは「柔軟かつ安全なAI実行基盤(クラウド活用)」「HL7/FHIR標準に対応した医療データ連携基盤」「ゼロトラストネットワークにおける堅牢なセキュリティシステム」を特徴としている。

AI実行基盤(クラウド活用)は、LLM(大規模言語モデル)をはじめとする最先端のAIサービスを安全に利用できる環境をクラウド上に構築し、今後の迅速な機能拡張にも柔軟に対応できる構成としている。

HL7/FHIR標準に対応した医療データ連携基盤では将来の医療連携を視野に入れ、国際標準規格「FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)」に対応したサーバを導入。同大では40以上のベンダーのサービスを利用していることから、一元的にデータを保全するためにデータレイクハウスの構築に取り組んでいる。これにより、異なる電子カルテシステムとの接続も可能とし、附属病院におけるデータ活用を推進するとともに、地域医療連携や臨床研究への発展を支える。

  • データレイクハウスの構築を進めている

    データレイクハウスの構築を進めている

ゼロトラストネットワークにおける堅牢なセキュリティシステムに関しては、強固な認証・認可基盤を構築し、機微な医療データやAIアプリケーション(日本IBMが提供する「病院業務支援AIソリューション」を活用)を、どこからでも安全に利用できる高度なサイバーセキュリティ環境を実現しているという。

「AIファーストホスピタル」実現に向けた今後の展望

今後、同大では開発したプラットフォームをエンジンとして、AIアプリケーションのラインアップをさらに統合・拡充させていく。具体的には、ゼロトラスト環境下で院外から安全に電子カルテにアクセスできる業務用スマートフォン(教職員向け)の配布や、動画を用いた手術の患者説明システムの導入も予定している。

日本IBM 理事の先崎心智氏は「AIは単なる個人業務のツールではなく、病院のあり方そのものを変える技術だ。今後、AIを前提に動く病院の実現が見込まれており、当社は“AIファーストホスピタル”と位置付けている。これを実現していくためにはAIを1つずつ開発していくには限界があり、複数の病院において共通で安全・効率的に次々にAIを開発し、共有する基盤が必要となる。それこそが今回開発したプラットフォームである」と述べている。

  • 日本IBM 理事の先崎心智氏

    日本IBM 理事の先崎心智氏

そして、先崎氏は「関西医科大学が掲げるスマート病院構想を将来にわたって実現していくためにプラットフォームの開発を進めてきた。プラットフォームはオープン、スタンダード、セキュアを特徴としており、各病院における固有性に拠らないことから、日本の医療DXにも活用できると考えている」と期待を示した。

同社は、関西医科大学と共同で開発したプラットフォームを基盤として、生成AI、医療データ連携、セキュリティなどの技術を継続的に高度化し、医療の発展に貢献していく方針だ。